3 露店と宿屋と俺。
街にきて確信した――ここは、【始まりの街】≪エンプティ≫だ。
白い煉瓦造りの街並みは、いやと言うほど何度もテストで目にした。開始直前にバグ取りに必死になったのである。だから街のどこに何があるのかも完璧にわかるし、露店の場所もすぐにわかった。場所が変わっていないと言うことは、品物や相場も変わらないのか?
どーだろう。
試しに覗いてみると、よっし、全然変わらない!
これなら、上級の街々で販売されている薬販売で一稼ぎできる。
アプリゲームには、瓶に入った飲み薬【霊薬】の初・下・中・上・最高が存在したのだが、初と下が露店に並んでいた。初級は一瓶、900エリクス。エリクスというのは単位だ。霊薬(上)は大体、100000エリクスくらいの値段で取引されていた。高すぎて買ってもらえないと困るので、初から上までをバランスよく並べる。最高はまだ取り置こう。はっはっは! 切り札は持っていて損はない。ちなみに俺が作る霊薬は、チートしていたので、HPもMPも全回復だ。本来は8割回復なんだけどな……! この世界でも、回復能力は変わらないのか? どうだろう。ただ一つわかるのは、HPやMPは見えないと言うことだ。やっぱり異世界なんだろうな。
……。
テンションを高くして現実逃避していたが、ぽつぽつ不意に、あー死んだのか、と思い出す。俺は死ぬのが怖かった。だが実際はひどくあっけなかったな。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。痛みがなかったのは幸いか。
いや、そんなことよりも宿屋だ。
相場など諸々が俺の知るアプリと変わらないとすれば、一泊二食付きで、街唯一の宿は9980エリクスだ。初級が十本売れれば、一泊できる計算だ。
露店をやるためには、露店街の入り口にいる老婆NPCに話しかけるのがアプリだった。
迷わずそこまで引き返す。そして思い切って声をかけた。
「すいません、露店をやりたいんですが」
「なにをうるんだね?」
「霊薬です」
「霊薬を作れる魔術師は貴重だ。歓迎するよ」
「いや、俺は別に魔術師では……」
「魔術師じゃないならなおさら歓迎だ」
おばあさんはそういうと、露店を開く許可をくれた。
なんだろう、魔術師の評判は悪いのだろうか?
まぁいい。
俺は早速適した場所を見つけて露店を開き、客を待った。
そうしながら遠くに見える城を一瞥する。中世欧州風の巨大な城には、この大陸の国王陛下をはじめとした王族が住んでいる。はずれには塔が見えた。あそこには、初心者の街のBOSSである、ラプソディ前王子が住んでいるはずである。もしも俺のレベルがそのままならば、杖でぶん殴るだけで倒せるはずだ。
「おーい、兄ちゃん。下級を三つくれ」
「はいよ」
お、初のお客さんだ。下級は一瓶1500エリクス。4500エリクスの儲けだ。
さい先がいいな。
その後もぽつぽつと売れ、俺は二時間で455500エリクスを手にした。
ま、こんなもんでいいよな。とりあえずこれで今夜の宿はとれるわけだし。
四次元鞄からお財布を取り出して、しっかりと紙幣をしまう。この世界、お金を視覚的に見るのは初めてだが、すべて紙幣だった。硬貨は存在しないのだろうか?
とりあえず無いものは無いので、気にしないことにしよう。
それから宿屋へと向かい、受付で一人部屋をとった。
説明を聞いたところ、アプリでは当然見たことはなかったが、一階の奥に温泉があるらしい。温泉か……中世欧州にも温泉は存在したのだろうか? 無いような気がするが、お風呂に入れないよりは、断然入ることができる方がいい。
部屋へと行くと、そこには木製の寝台があった。手でシーツに触れてみると、思ったよりも堅かった。あんまり柔らかいと俺は腰痛になるのでありがたい。
食事は七時らしい。
現在六時半。
わくわくするな、異世界の食事。魔物の肉とか出てくるんだろうか。そして果たして食べられるのだろうか。味覚に合うと良いんだけれども、あわずに、生産内政チートみたいになって、美味しい食を広めるのも良いな。
食事の場所は、地下一階の大食堂で、バイキング形式だった。
所々で魔法石が光り輝いていて、絨毯は濃い橙色。そこに銀のトレーが並んでいた。俺は迷わず、肉類へと突撃することにする。やっぱり、肉って良いよなぁ。野菜は嫌いだからとらないでいたら、皿が茶色で埋まった――わけではない。なんと、腐っているわけでもないのに、緑色の肉が存在したのだ。テリーヌだとか、着色されているだとか、そういうわけでもない。焼いた肉のブロックが、緑色なのだ。怖い物見たさで俺は食べた。すき焼き味だった。何故だ……。煮てある様子もないのに不思議だった。異世界って計り知れない。
一階の奥にある温泉に行くと、雷の魔法がかかっていた。お湯に手を入れると、ビリビリとした刺激が走った。すごいな。ちょっと電気が強すぎはしないだろうか、そう思ったが、お湯につかると、思いの外気持ちが良かった。体の節々のこりが取れていくようだった。お湯は金色だったが、入浴剤が入っているのだと思えば気にならない。
そうして部屋へと戻り、これだけならば、外国に旅行にきたのと大して変わらないなと感じた。ベッドに体を投げ出して、細く吐息する。
だが、もう家には帰ることができないのだ。
「旅って言うより、引っ越しみたいなもんだよな」
ポツリ、呟いてみるが、当然誰も応えてはくれない。別段応えてほしい訳じゃない。独り言だ、独り言。あーだけどこれからどうしよう。奴隷チーレム目指すとして、まずは何をすればいいのだろうか。
「まずは計画を練らないとな」
とりあえず、お金を貯める。これは確実だ。この宿屋に泊まり続け、寝台と食事を確保するため、というのがまずある。他にも金はあっても困らない。そして、いつまでも備蓄を切り崩すのは、今後何があるかわからないから得策だとは思えない。よって霊薬作りをしなければならないだろう。そのためには材料を集める必要がある。
「材料を集めつつ、冒険者の女の子と仲良くなる」
うん、我ながら良い案だ。女剣士とか良いよな。護衛してもらって、だけど強い魔物が現れて、女の子がピンチになった瞬間、颯爽と魔術を放つ俺。放つ俺かっこいい。そしてほほえむ。ポ。ニコポだな。
どうでもいいが、ニコポとは、ニコッと笑われてポッとくる、惚れる事だ。
チーレムというのは、チートでハーレムという意味だ。たぶん。
よし、そうと決まれば、ギルドに依頼を出して、収集の護衛を募集しよう。
ギルドの場所ならば、わかっている。
たって歩くのは初めてだが、頭の中の地図は完璧だ。大体何でもわかるって良いな。
「やっぱりナデポも捨てがたいよな」
しかしいきなり俺が、ナデナデして引かれたら困る。ハーレムのために、ここは慎重に行こうではないか。
そんなことを考えて、一日目は過ぎていったのだった。