6 監視する僕
最近エースは、一人でいることが少ない。
僕は今日も遠巻きに見はりながら、目を細めた。暗殺時以外は、効果のある薬とやらの噂を確かめろとラプソディ様に言われたため、今は”職務”として、堂々と(勿論人混みに紛れ、ローブを深々とまとって顔が見えないようにしつつだが)エースを監視できるようになった。
エースのそばには最近、ライズという剣士がいる。大剣使いで、この街一番の腕前の剣士だ。何度も城の岸団から勧誘を受けているが、一人が気楽だといって断っていたはずだ。そのはずなのに、嬉しそうな顔をしてエースのそばにいるのである。どんな心境の変化があったのだろう。彼はとても、警戒してそばにいるようには見えない。
なにせすごく嬉しそうな顔をしていて、エースを見ては時折照れているのだ。
「いやーライズって純情だったんだな」
「しかしよく健気に店に通ってるよなぁ。それも毎日」
「全く相手にされていないというか、好意に気づいてさえもらえてないっぽいのにな」
周囲からそんな話し声が聞こえていた。やはり毎日いるのか。
エースを暗殺するとして――……ライズの存在は邪魔だ。ライズであれば、もしかしたら僕が負けることもあるかもしれない。それだけライズは強いのだと聞く。今なんて顔がゆるみきっているが、それは平時だからだろう。一度だけ魔物を倒しているライズを見たことがあるが、まるで周囲を凍り付かせるような恐ろしい目をしていたのだから。
それにどうして毎朝、あの場所にエースが顔を出すのかも分からない。
エースは今日も来た。
「おはよ」
「……おはよう」
「今日はエビカツサンドを持ってきたぞ」
そして僕に食べ物をくれるのだ。それはもう日課といっても良いだろう。なんだろう、餌付けでもするつもりなのだろうか。確かに僕は彼の持ってくるパンが好きだが、そんなことは仕事とは関係がない。
「なぁ、ナイ」
「何?」
「女装する気はないか?」
「除草?」
確かにこの場所には、背の高い草が多い。だけど僕は、そんな景色が好きだ。
自然に囲まれていると、汚れた自分が洗われる気がするから。
「僕は……ありのままが良いと思うな」
だから気づくとポツリと呟いていた。
ただ僕がなんと言おうとも、魔術師の力なら、一瞬で草など根絶やしに出来るだろう。
「そ、そうだよな! 俺も自然体のお前が良いと思うよ!」
「僕?」
「あ、っと、嫌その別にやましい気持ちはないから!」
――自然体の僕?
僕は殺すことが自然だ。だけどそんな姿、やっぱりエースには見せたくないと思う。
僕は暗殺用の奴隷だ。出来ればそのことも、エースには知られたくないだなんて、徐々に考えるようになってきた。馬鹿げた話だけど。暗殺をしない僕なんて価値はない。少なくともラプソディ様はそう言うし、ラプソディ様にイラナイと言われれば、僕は死ぬことになる。
僕は死にたくない。
きっと僕が手を下した人も、みんな同じ事を思って生きていたのだと思う。
だから時折夢に見る。無数の白い手が、僕に襲いかかり、足をつかんで首を絞めるのだ。
僕は多分今年で十六歳になる。
そうだと分かるのは、五歳の誕生日をラプソディ様が祝ってくれたからだ。
「おめでとう」
その日まで、ラプソディ様は優しくていつも笑顔を浮かべていた。だから僕も笑い帰して、もらった大きな箱のリボンを開いた。――入っていたのは、祖父の生首だった。
僕のたった一人の家族の、頭部だったんだ。
以来だ。
僕が猫を可愛がると、その首を切って持ってくるように言われた。
兎を可愛がれば、兎だ。
誰かに懐けば――相手の、人間の首を持ってくるようにと。
肉を切り裂くぐにゃりとした感覚も、骨を砕く鈍い音も、僕は大嫌いだ。なのに僕は逆らえない。きっとこんな僕は、そのうち呪われて死ぬんだろう。
「ナイ? どうかしたのか、怖い顔をして」
表情を変えたつもりなんて全然無かったのに、エースにそう言われた。
驚いて顔を上げると、エースが首を傾げながら苦笑していた。
「……なんでもないよ」
「そっか。まぁ、何かあったらいつでも俺が聞くからさ。無理すんなよ」
「……」
話して変わる現実なんて、きっと何もない。
そもそも僕自身、現状を変える気なんて無いのかもしれない。僕は主人には逆らえない。逆らったら心臓が止まる魔術をかけられているからだ。一度だけ、人を殺すのが嫌だといったら、戯れに心臓を止められた。それは一瞬のことだったけれど、あのときの苦しみを思い出せば、今でも僕は背筋が凍る。
それからしばしの間言葉を交わし、僕は街へと行くエースを見送ったのだった。