8 連行を命じられた僕
「最近評判の薬師を連れてきてもらえるかな」
ラプソティ様の言葉に、僕はついに来たなと思った。
多分僕が会っていることをラプソティ様は知らない。知っていたら、とっくに首を持ってくるように命じられていたはずだから。
「料理もたいそう美味いとのことだな。結構結構」
「……」
「一度食して、気に入ったら、この塔に召し上げるつもりなんだよ」
ラプソティ様が微笑しながらそう言った。この顔は、性奴隷を見つけた時の顔だ。
エースが奴隷にされる所なんて、見たくないと僕は思った。だけど、命令には逆らえない。
――僕はどうすれば良いんだろう?
そんなことを考えながら、今日も僕はエースのことを待っていた。
そう、待っているのだ。
気がついたら僕は、毎朝エースの顔を見ないと落ち着かなくなっていたんだ。
「今日は焼き肉おにぎりだ」
「……有難う」
今日も食べ物を受け取りながら、僕は視線を地に落とした。
本当はもっと観察して隙を探さなければならないんだけど、とてもじゃないけど顔を見ているだけでも辛くなってくるのだ。
――米を初めて差し出された時は、てっきり奴隷だとばれて、家畜のように扱われることになったのだろうと判断した。
だけどエースは一緒に食べてくれたし、実際に”オニギリ”という食べ物は美味しい。
「そう言えば、俺ちょっと前に家を借りたんだよ」
「家?」
「そ。今度遊びに来ないか?」
その言葉に、僕はラプソティ様の元に召し上げるためにも、家を知っておいた方が良いだろうと判断した。
何せここのところ、剣士のライズの他、昼の顔は不動産屋、夜の顔は凄腕の治癒術師であるカイナまでエースのそばにいるのだ。特に気位が高いカイナが、いかにして人間であるエースに心を開いたのかは、街中で”謎だ……!”と噂されている。ライズの攻撃を避けてエースを連れ出すことは出来るかもしれないが、その時に血を見ることになったとしても、そばに治癒術師がいたらすぐに傷は癒されてしまう。やっかいだ。
「なんなら今日でも」
「……うん」
「え、本当に良いのか?」
驚いたようにエースが目を丸くした。社交辞令だったのかもしれない。
それでも僕は彼の家を確かめなくてはならない。
さすがに家では一人だろうから、連れ去るためには最適だ。
その後、僕はエースの家に連れて行ってもらった。
部屋は――……ゴミ屋敷だった。足の踏み場がない。
ちょっと前に借りたらしいのに、ここまで酷くなるものなのだろうか?
魔術師という者は、半数は魔術に打ち込んでいるから、部屋はごちゃごちゃしているものだと、これまで暗殺に行った先で僕は知っている。だがそういう、書籍や書類が散らばっていて、魔術の道具が山積みだという意味ではなくて、本当に汚かった。ゴミが床を占領していた。
「ちょっと汚くて悪いな」
……ちょっと?
僕とエースの感覚は著しく違うらしい。
気づくと僕は、近くに投げ捨てられていたゴミ袋に、散らばっているものを入れ始めてしまった。なんで僕は、掃除をしているんだろう……。
ラプソティ様も、放っておくと部屋にゴミをためるので、僕は反射的に、汚い部屋は掃除してしまうようになっているのかもしれない……。僕はだらしない人があまり好きじゃないけど、それでも不思議とエースなら許せる気がした。
「ナイは綺麗好きなんだな! 悪いな掃除してもらって」
「……」
「あ、別に俺はゴミがあっても気にしないから、気を使わないでくれ。そこのソファの上なら、綺麗だろ? そこに座ってくれ」
エースが、キッチンの方から僕にいった。お茶を淹れてくれるらしい。
不思議とキッチンだけは綺麗なのを見た。
だけどソファは、どこが綺麗なんだろう。ソファにはほこりが積もっている。
僕は思わず、そばにあったタオルで、ソファを拭いた。それから、気を使うわけではなかったが、掃除を再開してしまった。本当僕は何をやっているんだろう。ご飯のお礼、ということにしておこうかな。
「はいどうぞ」
「この緑の液体は何?」
「緑茶だ」
「リョクチャ?」
僕はそんなものは飲んだことがない。奴隷はたいてい泥水を飲むのだ。だけど僕はましな方で、ちゃんと井戸水を飲める。そう言えば不思議なことに、エースの家には、捻ると水が出てくる代物がキッチンにあった。
意を決して飲んでみると、リョクチャは、ほっとする味をしていた。
それはそうと、僕は早く切り出さなければならない。二人きりの今は絶好のチャンスだ。
「エース」
「……ナイに名前を呼ばれるのは初めてだな。なんか俺ちょっと感動した」
「そうだったかな……それより本題なんだけど、一緒に、僕が働いているところに来てもらえない?」
「ああ、良いよ。城か?」
「――城のはずれにある塔だよ」
「え」
エースの笑顔が引きつった。ラプソティ様の悪い噂は、まことしやかに囁かれているから、彼も聞いたことがあるのかもしれない。実際その噂は、半ば真実なのだけれど。
「ナイ……お前、ラプソティに仕えてるのか!?」
「うん」
「すぐに辞めた方が良いぞ」
仮にも王族なのに、エースは呼び捨てで呼んだ。もしかしたら、エースは他国で高い地位にいたのかもしれない。ラプソティ様の噂は、大陸中に広まっているらしいから。
第一僕だって、辞められるものなら、辞めたい。
「お願い」
「――……ああもう、分かった。ナイの頼みなら、俺はいくよ」
結果、エースは塔に着てくれることになり、僕の任務は一応成功したのだった。