9 塔にいく俺




ナイは良い主夫になれると思いながら、俺は腕を組んだ。
ラプソティは、このフィールドのBOSSだ。やはり杖で殴って倒すべきなのだろうと思う。
そもそも、よりにもよってラプソティに仕えているだなんて、ナイが不憫だ。
極悪非道という設定のラプソティは、違法なのに奴隷を沢山抱えている設定だった。
まぁ、奴隷チーレム目指している俺が言うのも何だけどな……。

塔につくとまず最初に、ダイニングに通された。応接間などではない。

そこには豪華な(見た目の)料理がずらっと並んでいて、さすがは王族だと言った感じである。ただ巨大な青紫色の海老のようなものが、ちょっと気味が悪かった。海老なのに角が生えている。俺は普段、宿屋で夕食をとる他は、自分で作ったものを食べている。宿の食事にもたまに不穏な見目のものがあるが、ここまでじゃない。

「よく来てくれた。歓迎しよう」

そこへラプソティが現れた。ふくよかで、二重顎……いや、三重……四重? 体重は二百キロ設定だった気がする。体で体当たりしてくる敵だ。初心者レベルだと潰される。それに奴は、こちらの攻撃三発ごとに、部下の奴隷を呼ぶのだ。ちなみにこの世界でも、単位は普通にキロメートルだった。だけどまさか、生身の人間が、他の人間を体重で潰すというのは難しいと思う。その分、奴隷の存在がちょっと気になる。この奴隷が、なかなか強いのだ。奴隷を呼ばれる前に、片を付けた方が良いだろう。そしてナイを一刻も早く、ここから脱出させよう。

「お招き有難うございます」

それから思ったよりも人当たりが良く、柔和な表情のラプソティと雑談をした。
彼は俺の料理やPOTの腕前をほめてくれたし、結構良い奴だった。俺は俺をおだててくれる人が好きだ。ほめられてのびる典型的なタイプが俺だと自負している。

「――所でエース殿、塔に来て私の元で働いてもらえないかな?」

その台詞に、あ、やばい、これ戦闘前の一言だ、と思い出した。プレイヤーが断って戦闘開始なんだよな……。ラプソティがアプリ内のキャラのままだとは思わないが、台詞は全く一緒だった。俺の後ろに立っているナイを一瞥する。台詞が一緒と言うことは、使用人にもきっとラプソティはあたりがきついような気がする。
だが断る。俺は断る。断言して断る。無理だ!

「せっかくのお話で大変嬉しく思いますが、俺は気楽な旅を続けたいので」

部屋借りちゃったけどな。さすがに王族をボコボコにしたら、この街にはいられなくなるだろう。参ったなぁ。

「そうか、残念だ――殺せ」

その時あっさりとラプソティが笑いながら言った。俺はぽかんとしながらそれを聞いていた。勿論この台詞はアプリにはなかった。
同時に俺は反射的に振り返り、椅子から離れて右手に飛んだ。
だがそこを狙うように、ナイフが飛んでくる。見れば、両手の指の間に五本ずつナイフを持ったナイの姿があった。

「え、ちょ」
「……」

ナイはいつもの通りの無表情だったが、俺には分かる、ちょっとだけ苦しそうだ。
なんて考えている場合ではなかった。風を切るようにしながら、体制を低くしたナイの姿が一瞬消えた。慌ててしゃがむと後ろから、先ほどまで首があった場所でナイフが空ぶる。
――これ、結構強いな。
対人戦だからそう思うのかもしれない。魔物相手のように、思い切れないのだ。
魔物は良いのか、という話だが、俺はそう言うのはあんまり気にしない。だってさ、気にしてたら何も食べられなくなってしまう。野菜だって、生きている。
俺が振り返った瞬間、ナイが膝をみぞおちにたたき込もうとしてきた。後ろに背をそらして回避しながら、どうしようかなと考える。ナイを傷つけたくない。
だがそれにしても何故ナイはいきなり襲いかかってきたんだろう。
そこで俺はハッとした。

「ナイ、お前もしかして……暗殺用の奴隷か……?」
「……」

ナイは何も言わなかったが、一瞬瞳に憤怒とも悲愴とも付かない色が宿った気がした。小さく頷いたのが分かった。こんな美少年――というだけじゃなく、折角仲良くなった相手が、奴隷にさせられているなんて俺は許せない。

「ナイ? 嗚呼、奴隷には名前など無いからな」

その時ラプソティが哄笑した。あざけり混じりのその言葉に、俺は全身がカッと熱くなった気がした。
「……ナイ、止めろ。俺達あんなに仲良くなっただろう?」
「……」
ナイは無言だ。何も言ってくれなかった。仲が良いというのは俺の勘違いで、暗殺のために監視されていたのだろうか? いいや。ナイはそんなことをしない!

「何をほざこうとも私に逆らった以上君は死ぬんだよ。それにしても仲良くなった、か。殺しがいがあるな」

それにしてもラプソティ性格悪いな。絶対にナイを海解放してあげよう。
「ナイ!!」
「……」
ナイは何も言わずに、俺に向かってナイフを振るい続けている。時折足技で正面から襲われそうになって、何度も俺は飛び退いた。そうすれば、今度は後ろからナイフを突き刺されそうになる。
「ナイ、いい加減に――」
頬にナイフでうっすらと傷を付けられた時、思わず俺は言った。

「無駄だ。私の命令に奴隷は逆らえない。逆らえば心臓を止める魔術をかけているのだから。それに隷属させるピアスもつけている」

響いたラプソティの声に、俺は目を見開いた。――なんだって?
極悪非道だと思うと同時に、俺の前でペラペラそんなことを喋るなんて馬鹿じゃないのかと思った。

「”ホワイト・エクリプス”」

俺は、状態異常解除の呪文を唱えた。かなりレベルの高い呪文だ。……隷属って、状態異常だよな? ちょっとだけ不安だった。魔術の方は解除できると思うのだが、隷属のピアスというアイテムは、アプリには無かった。なんだそれは。

「!」

するとナイが息をのみ目を見開いてから、ガクンと頽れた。
慌ててその体を受け止め、床にゆっくりと寝かせる。
抱き留めたナイは想像以上に軽かった。

「何!? どうやって気絶させた!? まさか、魔術師か!?」
「教えねーよ。俺はお前と違って口が堅いんだ」
「だ、誰に頼まれてここに来た? 倍額だそう、寝返れ!」
「俺はないに頼まれて善意出来ただけだ」

そう告げてから俺は、杖を構えなおし、ラプソティへと歩み寄った。
そして思いっきりふりかぶって、ホームランを打つ気分でラプソティをぶっ飛ばした。

「ひっ、た、助けてくれぇえ!!」

壁に激突したラプソティが叫んだ。俺は詰め寄り、笑った。
「隷属させてるって事は、ピアスに命令を出すアイテムがあるんだろ? 出せよ。死にたくなかったらな」
「ッ、こ、この指輪だ!!」
ラプソティが太い指から巨大な深紅のルビィがついた指輪をはずした。
「本物だな?」
「あ、ああ。い、命だけはァ!!」
「――偽物だったら覚悟しておけよ」
俺はその指輪を受け取ってから、今度はにらみつけた。
「奴隷を全員解放すると約束しろ」
「わ、分かった……」
「それとナイは俺が連れて行くから」
多分ナイっていうのも、本当の名前じゃないんだろう……って、最初から、『無い』って言ってたのか……俺が『ナイ』だと勘違いしただけで……悪いことしちゃったな。

それから俺は、ナイを抱きかかえて、自宅へと戻った。
さて、夜逃げの準備をしなければ。