12 オカマバーと僕


僕はエースに命令の指輪を渡した。
そうすれば少なくとも食と住は保証されると確信したからだ。我ながら自分勝手だとは思う。その上、指輪を渡したら、買い物にまで連れて行ってもらい、服も買ってもらった。
謎だったのは、僕にエースがスカートを渡してきたことだった。
他の国には男がスカートをはくという文化もあるらしいから、女の人が着る物だと分からなかったのかもしれない。
指輪を渡した理由は他にもある。エースが本当に悪用しないか、好奇心がわいたのだ。
ちょっとだけ、エースのことを信じてみたいと思ったのだ。
僕はこれまで、ラプソティ様の命令しか受けたことがないから、他の人が持つとどうなるのか知りたかった。
――勿論、自衛はしている。
命令の指輪の持ち主を、僕は決して傷つけられなくなる。
だから掃除をするフリをして、家中に罠を仕掛けたんだ。実際に汚かったから掃除もしたんだけど。罠は、エースが僕に人殺しを命じた瞬間に発動するようになっている。言葉を鍵にした罠は、暗殺によく使ったから得意だ。

その他に、僕はエースの勧めで日中街へと出かけるようになった。

遠巻きに何度か露店を見にも行った。
何故なのか、第二王子殿下の姿があった。第二王子殿下は、容赦なく敵を氷のようなまなざしで屠っていくお方だという。基本的に、毒味なしでは食事もしないはずなのだ。なのに、”たらこぱすた”というものを嬉々として食べていた。
第二王子殿下は、幼少時から側にいる腹心の部下の前ですら、滅多に笑顔は見せないという噂だったが、エースの店ではよく笑っている。やはり、噂は噂だったのだろう。

僕が街に行く目的は、だけど今じゃ、エースを監視するためじゃないんだ。

仕事を見つけようと考えているのだ。ただ僕には身分を証明するものが何もないから、働き口を探すことすら難しい。住所さえあればいいというところもあるが、僕はエースの家にお世話になっているだけだから、自分の住所はない。いつ出て行けと言われるかも分からない。だからとにかくお金を稼がなければ行けないのに、やっぱり身分証と住所がないからうまくいかないという悪循環に陥っている。
僕には露店を開くような才覚はないし。エースはその点、本当にすごいと思う。
次々と新しいメニューを考案し、霊薬も日に日に効果が高いものを多数用意している。
最近ではこれまでこの国には存在しなかった、新種の毒消薬を扱っているそうだ。
今では露店の前に長蛇の列が出来ている。

だけど、仕事どうしよう……。

僕には一体何が出来るのだろうか。やはり、人殺しだ。指輪を渡したのは早まったかもしれない。エースを殺してお金を奪うという方法もあった。そんなことはしたくないけれど。
多分、命令の指輪が無くても、僕はエースをもう殺せない。
エースは優しい。
時々馬鹿っぽくて気持ち悪いが、根本的には人が良い。
僕とは全く違う。
嗚呼、なんて僕は汚い人間なんだろう。それでも僕は生きていたいんだ。死にたくない。
――だなんて想いながら、公園に立ち寄った時だった。

「そこのお兄さん。最近仕事を探しているみたいだねぇ」

驚いて視線を向けると、女物の服を着た、ひげ面の男の人が立っていた。
!?
外国から来た人だろうか? エースなら知っているかもしれない、こういう文化を。

「毎日毎日、街の求人票を見ているわねぇ」

自分の行動が迂闊だったと僕は悟った。多分つい、気が抜けていたんだと思う。
自由を手に入れたから。
ただ、自由とは何なのかいまいち分からない。奴隷の立場から解放されたいとは思っていたけど、結局解放されても、お金も何もかもない僕は、何も出来ないのだから。

「私のお店で働かない?」
「……お店?」
「オカマバーなの。お触りは禁止だし、お酒も無理に飲まなくて良いわ。未成年も働いているのよ」

ひげを撫でながらその人が言った。”おかまばー”とは何だろう?

「そこで僕は何をすればいいの?」
「百聞は一見にしかずよぉ。可愛い格好をして、お客様とお話をするだけだから、ちょっと体験入店してみない?」
「お話……僕、話せるようなことは何も……」
「いいのよいいのよ。話さなくても良いわっ、ただ相づちは打ってね。きゃっ、無口って言うのもすてきね」
「……」
「体験入店してくれたら、今日は10000エリクスあげるわ」
「……よろしくお願いします」

僕は、試しに行ってみることにした。
お店は街の繁華街の裏手にあった。風俗街と繁華街の間にある通りで、僕が来たことのない通りだった。僕は、実を言うと、ラプソティ様の塔と、遠い領地にいる貴族の暗殺で、往復している時間の方が長かったから、あまり街のことを知らないのだ。街に立ち寄る暗殺対象なんて、滅多にいなかった。いても、こういうところには近寄らない人が多かった。貴族は、大体が自分で店に行くのではなく、自分の部屋に商人らを呼びつけるからだ。
――だから、第二王子殿下が露店に顔を出すのも謎なんだけどね。

「さ、これを着てね」
「これは……女物じゃ……」
「そうよっ、女の子の格好をする場所なのよぉ。可愛いでしょう?」
「……」

僕にはちょっと理解できないが、これも10000エリクスのためだ。
僕は自分で働いてお金を稼ぐというのが初めてだから、正直緊張している。
だけど10000エリクスを本当にもらえたら、エースにいつものお礼に何かかって渡そうと思った。
仕事自体は――……思ったよりも簡単だった。
僕はただお客様(と呼べと言われた人)の隣に座って、瓶からグラスにお酒を注げばいい。
その後は黙って座っていて、何かをお客様が言うたびに、頷いたり首を振ったりしていれば良かった。ただ”指名”というものを、何十人ものお客様にされて、僕は五分単位で席を移動しなければならなかった。店内は、丸テーブルが無数に並んでいて、全てにソファがついていた。そして僕は初めてアルコールを飲んだ。思ったよりもまずかった。何でこんなにまずいものを皆は飲むのだろう。

「はい、今日の分。明日からも来てくれるかしら?」

店長(だという最初に僕に声をかけてくれた人)に言われた。
僕はちょっとだけ感動しながら、封筒から10000エリクス紙幣を取り出し、まじまじと見る。正直嬉しかった。これが、働くと言うことなんだ。

「はい。よろしくお願いします」

その日、小さな鏡をかって僕は帰った。鏡を見れば、エースも自分が気持ち悪い顔をしている時に気がつけると思ったのだ。
だが、仕事の内容を話したら、何故なのか顔を引きつらせた後に、一転して笑顔になった。

「今度俺の前でも女装してくれ――男の娘……!」