13 独り寝は無理な俺


――ナイが夜の蝶になってしまった。
しかもオカマバーだ。男の娘……なんだけど、なんだけれども、ちょっと、いやかなり心配だ。悪い男に騙されたらどうしよう。ナイは純粋だからな……。
後で見に行こう。

それはそうと、俺は今度こそ女剣士を探すべくギルドへと向かった。
今日は露店は休みにした。
すると何故なのか、カイナも不動産屋さんを臨時休業にした。何故だ。
「治癒術師がいた方が良いでしょう?」
しかしカイナの言葉はもっともだったので、俺は一緒に行くことにした。それに下心もある。カイナほどの美青年が横にいたら、女の子もよってくるかもしれない。で、顔じゃかなわないが、俺はチート能力を見せつけて、ニコポするのだ。
「前衛なら俺にまかせてくれ!」
だが……どこで聞きつけたのか、ライズまで来てしまった。
――治癒術師と剣士、そして魔術師の俺。
完璧なパーティが出来てしまった……当然、そんな俺達に加わってくれるという女の人は一人もいなかった。これはもう逆に、困っている女の子を捜した方が良いのだろうか。そして助けて、ナデポだ。
「頑張って下さいねッ」
そしてギルドで受付をしているアイラ君に笑顔でそう言われた。頬が紅潮しているから、おそらく討伐にあこがれを抱いているのだろう。この小麦色の髪をした少年も、最近毎日昼食を買いに来てくれる。その他に、ギルドにPOTを卸す手配をしてくれた。これ、俺が霊薬でギルド制覇する日も近いんじゃないか? やっぱり異世界って言ったらこうじゃなきゃな。後は女の子ハーレムさえ……!

正直言って、早々にハーレムを築くべきだと思う。
何故かというと、俺は最近、ナイを見ると唇に目が釘付けになるのだ。
端正な形をした桜色の唇に、キスしてみたいだなんて思うのだ。
……俺、ホモな上にショタコンになんてなりたくない。
そんなことを考えながら、森を歩く。ライズとカイナは、相変わらず仲が悪いらしく、口げんかを止めどなくしている。

「いいか? 俺の方が先に出会ったんだ」
「そんなもの、この愛には関係ないです。そもそも私よりも長い時間一緒にいるくせに、相手にもされていないじゃありませんか」
「っ」
「私はいつも快く迎えてもらっていますが」
「そんなの接客笑顔に決まってる!!」
「なッ」
「俺には笑顔以外だって見せてくれるんだ!」

しかし二人は一体、何のことでけんかをしているのだろうか?
接客といっているのだから、おそらくは近隣の露店主の女性なんだろうな。俺も女の人が隣で店を開くたびに挨拶しているのだが、ことごとく『これ以上近づかないで』というオーラを出されて回避される。何故なんだ……。
俺は自信を失いそうになる。そんなに俺って駄目なのか? 何、顔が悪いの? だよな……性格を知ってもらえるほど仲良くなった女の人はこれまでに一人もいないんだから。悲しいが、事実だ。

その時、レッドペガサスという巨大な魔物が現れたので、俺は杖を振った。

砂埃が舞う。
「さ、さすがですね……」
「一撃で……」
二人が俺をほめてくれた。ちょっとだけささくれた心が立ち直った。


無事に薬草を手に入れたので、俺は二人とわかれて帰宅した。
「ただいまー」
しかし。
「……って、いないよな」
これまでならばいつも返ってきた『おかえり』という言葉は聞こえてこない。
なぜならばナイが、夜は仕事で出かけるようになってしまったからだ。
体験入店したという初日、あんまりにも帰りが遅いので、俺は心配して街中を徘徊してしまったものである。夕方から夜の六時ー二時が、ナイのシフトだ。
一回だけ様子を見に行ったことがあるが、指名客が多すぎて、俺が話をしたのは五分だった。冗談じゃない、俺のナイに何させてるんだよ、と、俺の席に来た店長に詰め寄ったら、「あら、貴方に贈り物をした言っていって、あの子頑張ってるのよ」と言われたので、返す言葉を見失った。もう鏡もらったし……。
だ、だが。
別に俺は贈り物などいらない。
「やっぱり、ナイに『おかえり』って言ってもらえるのが一番の贈り物だよな……」
思い返せば、俺は異世界に来てから、基本的には一人だった。
ライズとカイナとか第二王子とかアイラ君とか、他にも医者のワルワ先生やら、占い師のヒートやらとよく店で日中顔を合わせるが、家に帰れば一人だったし、俺の境遇を話せる相手もいないし、寂しかったのかもしれない。
そこに出来たナイの温もり――いったん知った物がなくなると、知らなかった以上に堪える。嗚呼、ナイ。早く帰ってこないかな……。

「ただいま」

その日、ナイが帰ってきたのは三時を回った頃だった。
俺は当然起きてナイのことを待っていた。ナイの温もりがないベッドなんて嫌だ。嫌なんだ。って、なんだよこれ、俺はいよいよ末期に近づいている気がする。いや、そんな馬鹿な。だって相手は少年だ。男なんだ!

「おかえり」

俺は必死でそう言葉をひねり出したのだが――気がつけば、ナイに抱きついていた。
「大丈夫だったか? 変な客に絡まれなかったか? 嗚呼もう俺は心配で心配で……! ナイ――!! 俺は、寂しかった――!!」
「……離して」
「お、おぅ」
冷静なナイの言葉と無表情に、俺は慌てて腕を放した。
ナイの体温が消えるのが名残惜しく思えて、何度か、右手を握ったり開いたりしてしまった。何でこんなに細いんだろう。ちゃんと食事を毎日満腹になるって言うまで食べてもらってるのに。この前なんて、カレー十人前を一人で食べていたのに。軽くナイは、十人前くらい基本的に食べる。それだけ奴隷生活でひもじい思いをしたのだろう。だというのに全く太る気配がないのだからすごい。筋肉質なんだろうか。だが、抱きしめた腰は折れそうなほどに細くて、壊れてしまいそうだった。

「そ、そうだ。おなか減ってるだろ? 今日は、海老フライだから! 今から揚げるな」
「有難う」

ナイはそう言うと、俺がかってあげた服を脱いだ。俺の目の前でだ。ちょっと心臓に悪すぎる。大体、男の子の着替え見て、何ドキドキしているんだよ俺は。部屋着を椅子の上に置いていたのが悪いに違いない。今度からは別の部屋に置こう……。
そう考えながら俺は、海老を二百匹ほど揚げた。

「エース」
「ん?」
「これ……」

俺がタルタルソースを作っていたら、ナイが一つの箱を取り出した。
「く、くれるのか?」
「うん」
「有難うッ!!」
早速あけてみると、中にはこの前よりも大きな鏡が入っていた。
ナイは、鏡が好きなのだろうか?