15 自覚した俺
仕事を辞めてくれたナイは、以前通り俺に「おかえり」と言ってくれるようになった。
ちなみに一緒にいてくれるナイに、俺は時給は払っていない。ナイがいらないといってくれたのだ。ナイも少しくらいは俺と一緒の生活を楽しんでくれているんだろうか……?
くれていると信じよう。俺は無駄なプラス思考の持ち主だ。
「ねぇエース」
そんなある日、ナイに言われた。
「エースは、カレシがいるの?」
「――へ?」
か、彼氏? なんだ急に。まさか俺の下心がばれたんじゃないだろうな。いや、嫌違う、俺にはした心なんて無い!! 別にナイのことを押し倒したいとか思っていない。ナイのエロい顔みたいとか思ってない。フェラして欲……いや、その。まずい、まずいだろう俺。仕事しろ理性!
「……エース、鏡使ってる?」
「ん、ああ。大切に持ってるよ」
「……本当に?」
「勿論。だってナイが俺にくれたんだからなッ!!」
堪えながらポケットから取り出してみせると、ナイが複雑そうな顔をした。何故だろう。まぁいい。それよりも何故いきなりナイはこんな事を言い出したのだろう。ま、まさか……俺に恋した!? いや……冷静に考えて、それはないな。だということは、きっと以前の職場の同僚か客だろう。”彼氏”って言ってるしな……。全くいたいけな少年にあの店は何を吹き込んでいるのだろう。怒鳴り込んでやろうかな。
「ナイ。カレシはな、女の子が作るものなんだ。俺達男が作るのはカノジョだ」
「知ってるよ」
「え?」
「エースは男の人が好きなんでしょう?」
「は?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。嫌待て、これはやっぱり俺の、ナイに対する妄想が顔に出ていると言うことか? 慌てて鏡を見ると、俺は真っ青になっていた。俺って顔に出やすいのか? まさかな。
「もしかしてナイは、男が好きなのか?」
「……僕は分からない」
「分からない!? それって男もイけるかもしれないって感化されたって事か!? やめろ、考え直せ」
そうじゃなかったら――……俺にもチャンスがあるんじゃないかなんて、錯覚してしまいそうになる。それだけは超えてはならない一線だ。そうだよな? きっとナイは最近家の中にばかりいるから、ストレスでも溜まって、どうにかしてしまったのだろう。
「そ、そうだナイ。たまには、外で食事をしないか?」
断じてこれはデートの誘いではない。それから俺達は、外食に出かけた。
男を好きになるなら俺にしておけだなんて考えているわけではない。ナイを連れて行ったのが、街で一番の高級レストランであることにも他意はない。見つけた瞬間、ハーレムの女の子を連れてくるのに絶好の場所だと思った記憶は忘れよう。
「今日はお店は休みか?」
すると、第二王子殿下が食事に来て、俺に声をかけた。偶然とは怖い。
「ええ。臨時休業というか、気ままに開店している店なので」
「街中を探してしまったよ」
「何かご用ですか?」
「エースに会うには、理由が必要なのか?」
用もないのにこの王子はわざわざ俺の所に来たのか。挨拶に来てくれるなんて随分と丁寧な人だなと思った。しかし俺はナイとの食事を邪魔されたくない。
そう考えていた時、不意に第二王子殿下がナイを見た。まさかナイが綺麗だから一目惚れしたんじゃないだろうな……。許さないからな、そんなの。
「そのピアス――叔父上が好んで使っていた、隷属のピアスではないのか……?」
その言葉に、俺はハッとして息をのんだ。そうか、ラプソティとこいつは親戚だ。王族同士だ。――奴隷がいるって知っていたんなら、止めろよ。俺の中で第二王子殿下の株が大幅に下がった。
「見損なったぞ、エース。まさか奴隷を持つだなんて……」
「あのな、これは――」
「君の口から言い訳は聞きたくない。そう言うことなら、城へと連行して私が直接尋問する。直接体に聞かせてもらうからな。覚悟しろ。天国にイかせてやる」
なんだそれ、俺を拷問にでもかけるつもりか。魔術使って城ごと吹っ飛ばしてやろうかな……。良い考えだな。
「このピアスを制御する命令の指輪を、僕が自分でエースに渡したんです」
そこへナイが言葉を挟んだ。良かった、俺のことを擁護してくれた。愛してるよナイ。その言葉だけで、俺は救われる。
「庇い立てするのであれば、君のことも事情を聞くために連行することになるぞ。無事に帰ることが出来るとは思うな、奴隷ごときが」
「おい、ふざけるな。ナイは奴隷なんかじゃない」
「ではなんだというんだ? そこにピアスという動かない証拠がある。よくよく考えれば、エースのその指輪は、命令の指輪ではないのか? やはり尋問が必要だ。手錠をはめて天井からつるして鞭を打ってろうそくを垂らしてやるから、楽しみにしていろ」
「馬鹿野郎! ナイに謝れ! ナイは俺の大切な恋び――……ど、同居人だ!」
待ておい俺、今何を口走ろうとした。怒りで殿下の言葉がよく入ってこなくて真っ白になっていた頭が、さっと冷静になった。思わず唾液を嚥下する。
「同居人?」
「ああそうだ。ラプソティ……様の所から、引き取ったんだよ」
「――そう言うことか。私は君のことを信じていたよ、エース」
「変わり身早いんだなッ! とにかく、そう言うことだから、食事の邪魔をしないでくれ。今は殿下の顔を見るだけで、飯がまずくなる気がする」
「……悪かった、謝ろうエース。それに、同居人よ。本当にただの同居人なんだな? まさか性的にエースを籠絡したわけじゃないだろうな?」
「……してないです」
「ナイがそんなことをするわけがないだろう! 寧ろされたいの俺だから!!」
「「え?」」
その時殿下とナイの声が重なった。
俺は自分が口走ったことに、愕然とした。しまった、本音が――って、違う違う違う。俺は同性愛者じゃないし、ショタコンじゃない……と思いたい……いや、でももう、これは認めるしかないのかもしれない。
俺はその日はっきりと、自分がナイに惹かれているのだと自覚したのだった。