16 観察する僕


……エースは、僕に性的に籠絡されたいらしい。
だが、僕は性奴隷ではなかったので、その手法は知らない。そもそもラプソティ様を見て育ったから、どちらかといえばそちら方面は嫌悪してしまう。だけど、エースはそれを望んでいるのだろう。やっぱり男が好きなのかもしれない。
何せ最近、エースの露店には軽く五百人以上の男性客が来るのだ。
周囲にいるライズやカイナが、エースに見えないように一歩後ろで怖い顔をして、女性客や、時に男性客を牽制しているから、女の人は滅多にエースに近づかないし、男の人は皆腕っ節に自信がある人ばかりだ。
――どうしてエースはあんなにモテるんだろう?
やっぱり優しいからだろうか?
みんな男だけど……。
あるいはライズ達が牽制していなければ、女性にもモテているのかもしれない。
僕は、ちょっとエースのことを観察してみることにした。


毎朝エースは、寝起きが悪い。だけど僕のことを抱きしめて眠っているから、目が覚めても僕は動けない。エースは、まつげが長いなと思う。黒い髪と目をしている。アーモンド型の目だ。今はしっかりと目を閉じて、すやすやと眠っている。最初は怪しいとしか思わなかったし、ここのところは気持ち悪いことが多いけど、こうして眠っていたり、何も喋らない時のエースは、格好いいと思う。精悍な顔立ちだ。

エースが起きたのはそれから三時間後のことだった。

今日の朝食は、ハムエッグとパンとサラダだった。卵は三十個、ハムは五十枚。本当は僕は、卵は一つで良いし、ハムも二枚もあったら十分なんだけど、エースが嬉しそうに作ってくれるから、結局全部食べてしまう。美味しいから良いんだけど。多分、僕が満腹になりたいと言ったから、エースは気を使ってくれているんだと思う。なんだか悪いなと思いながら、キャベツがまるまる一個つかわれているサラダに、エース特性の”まよねーず”を一本分かけた。”ぷらすてぃっく”という不思議な入れ物に入っている代物だ。

それからエースは、露店へと出かけていった。

僕はそれとなく尾行することにした。尾行には慣れている。なにせいつだって暗殺対象の隙を探していたのだから。
エースはまず、僕たちが出会った場所へと行った。
そして、踊り始めた。何をしているんだろう。変な音楽がかかっている。「ラジオ体操第一――!」みたいな音楽だった。どこから響いてくるんだろう。少なくとも僕が毎朝いた頃は、こんな音楽は流れていなかった。ただどこか懐かしく思える音色だったから不思議だ。しばらく踊り続けてから、エースが移動を開始したので、僕はその様子をうかがった。

エースは次に露店へと行った。こんなに日が高くなってからでは、本当は場所を取れないと思うのだが、ライズが代わりに開店準備をしていた。……ライズとエースは付き合っているのだろうか? もう長いことずっと一緒にいる気がする。なんだか僕の胸が、もやっとした。なんでだろう。
一人目の客は、いつもと同じでカイナだった。お昼ご飯を買いに来ているみたいだけど、まだお昼ご飯にはちょっと早いと思う。
それから、様々な人がエースの元を訪れて、愛の言葉を囁き、プレゼントを置いていった。あんなに沢山プレゼントをもらうんじゃ、僕の鏡のことなど忘れ去られていても不思議じゃない。そう思ったら、寂しくなった。しかし、「好きだ」「愛している」系の言葉は、客が言い終わる前に、ライズのひと睨みで制されている。その事実にエースが気づいている様子はない。エースはやっぱり鈍いんだと思う。

露店を閉店したとき、ライズが言った。
「エース、きょ、今日こそは一緒に食事でも……」
「悪い、俺、自炊してるから。何度も言ってるだろ」
「じゃあ、ちょっと食べさせてもらえないか?」
「無理だ」
笑顔できっぱりと断ったエースを見て考える。もしかして僕が邪魔だから、家には呼べないのだろうか? その割に、夜一緒にいて欲しいというのだから不思議だ。

ライズと別れたエースが、八百屋さんの方に歩いていく。
すると閉店後なのか、カイナが走ってきた。
「エース、良かった。会いたかったんです!」
「何か用か?」
「貴方が同居しているという噂を、宮廷魔術師の知人から噂で聞きました。好敵手です、会わせて下さい」
「好敵手……? ナイなら、敵じゃないぞ。それに会わせても良いけどいきなりは無理だ。ナイの方にも許可を取らなければならないから」
「そうですか……残念です……良い返事を期待していますね」
エースが僕のことを気遣うように言ってくれた。するとカイナが悲しそうな顔で笑った。
カイナはすごく綺麗だ。エルフはこの世界で至上の美を誇っていると言われているけど、エルフ族の中でもぬきんでていると思う。その後すぐに、エースはカイナとわかれた。

食料を両手いっぱいに購入したエースが、帰路についた。

まずいなと思って一足早く帰宅して、僕は掃除をしていたフリをする。
「ただいま」
「おかえり」
「今日はグラタンを作るからな。待っててくれ」
「うん」
エースは、街にいたときとは違って、また気持ち悪い笑顔になった。なんというか、溶けているみたいだ。美味しいものを食べると頬が落ちると言うから、グラタンのことを考えて、こういう顔つきになっているのかもしれない。やっぱり僕のあげた鏡は使ってくれていないんだろうな……。

「できたぞー、食べよう」

エースの言葉で僕は我に返った。静かに席に着くと、エースが僕の前にグラタン皿を十個置いた。エースの分は当然一つだ。
「いただきます」
「……いただきます」
この食事前の挨拶を、僕はエースから習った。なんだか不思議と懐かしかったが、理由は分からない。それよりも、僕は聞いてみたいことがあった。

「エースは今日、何をして過ごしたの?」
「――なんだ急に」
「別に」

僕の言葉に、エースが顔を背けた。

「きょ、今日は露店をしていたよ。そ、それはもう絶世の美女が来てな、告白されたんだけど、断ったんだ。後はライズと飯を食ったり、カイナに……いや、なんでもない。一目惚れされたら困るからな。ナイ、いいか、好きになるなら俺……な、なんでもない」

エースが僕に嘘をついた。露店には女の人なんて一人も来なかった。
ライズがあんなに威嚇していたり、いつまでも店にいたカイナが怖い顔をしていたのに、近寄れる女の人がいたら奇跡的だ。男性客だって、なかなか近づけないだろうに。あの二人は何か女性に恨みでもあるんだろうか。それともエースが、女の人のことを苦手に思っていて、親切でやっているのかな?

「ナイは、今日は何をしていたんだ?」
「……掃除をしていたよ」

僕も嘘をつくことにした。ただなんだか、息が苦しい。
……エースと一緒にいられるだけでも、僕は幸せなのかもしれない。
不思議なことに、今日の日中、エースが他の人といるところを見ると、なんだか胸がズキズキしたからなのか、そんなことを考えた。
――僕は、本当にエースと一緒にいても良いのだろうか?
怖くて僕は聞けなかったのだった。