17 土下座する俺


最近俺の周囲には人が溢れかえっていて、鬱陶しい。客が来るのは喜ばしいことなんだけどな……握手してくれとか言われる。そんなに俺の軽食や霊薬は神がかっているのだろうか。まぁチートだしな、当然か。だけど神様に言われた割に、結構収入良いよな――モテないだけは確かだけどな……なんで客は男ばっかり何だろう。これが神様の力量なのだろうか。あんまりだ。酷い話だ! 俺は金よりも、カノジョが欲しい。切実に欲しい。恋がしたい――じゃないと、まずい。本当まずい。俺は道を踏み外しそうなんだ……。

もう家に帰ってナイと話す時だけが癒しだ。
だけど見てるとやばいのだ。

最近、おかしな気分になってくる。昨日なんて……ナイの夢見て夢精した……!
トランクスがベタベタだったが、一緒に寝ていたナイには幸い気づかれなかった。
それにしても夢の中のナイはエロかった。
白磁の頬が紅潮していて、瞳は潤んでいて、熱い吐息を吐くときに見える舌は尋常ではなく色っぽかった。「抱いて」ってナイから迫ってきて――ああ、もう!!

これはもう認めるしかないのかもしれない。
俺はナイの事が好きだ。
それも性的な意味で、恋人になって欲しいと思って、ついつい見てしまう。もはや、ナイを見ているとよこしまな気持ちしかない。確かに癒しなのは間違いないのだが、俺は自分がキモかった。ああついに、俺もマイノリティデビューか……。

ま、別に良いか。
ナイほど綺麗なら当然だよな!

「……エース、本当に鏡使ってくれてる?」
「ん? あ、ああああ、も、勿論!! 大切に大切に大切に大切に使ってるからッ!! 持ってるだけで、しししししあわせって言うか」

しかし意識し出すと、俺はナイの前で挙動不審になってしまった。
現在食事中。
ナイが口を開けるたびに、そこから舌が覗くたびに、俺の目は釘付けだ。無表情のナイを、切実に乱してみたくなる。きっと可愛いんだろうな。やばい、エロい気分になってきた。いったん自覚したら一緒にいると緊張するなんて。俺、ヘタレだな……。
――命令の指輪を使っちゃいたくなる。どどどどどうしよう。

嫌そう言うんじゃなくて、ここはちゃんと告白しよう。

俺は本気でナイが好きだ。この気持ちは本物だと思う。だからこそ誠実でありたい。偽りの愛の言葉なんて俺は聞きたくない。フラれたら気まずくなるのは目に見えているし、もしかしたら、出て行っちゃって、永遠にあえなくなるかもしれない。それは正直嫌だ。だから告白するなんて、自己満足だって分かっている。
よし、そうと決めたからには、善は急げだ。絶対に、後回しにしたら決意が鈍る。ここは勢いだ!!

「ナイ」
「?」
「好きだ!」

俺はなけなしの勇気を振り絞った。よく言えたな、自分で自分をほめてあげようではないか。ナイの様子をうかがうと、きょとんとしていた。小首を傾げて、ゆっくりと瞬きをしている。そんな姿まで可愛く見えて仕方がない。

「? 僕も好きだよ」
「ええと、だからその、ヤりたいって意味で!」
「え」

あ。
思いっきり本音が出てしまった。最悪だろうこの告白。なんて事だ。告白してしまったテンションで気が抜けてしまったんだ。俺は自分自身の言葉に動揺して、フォークを取り落としそうになる。

「僕、男だけど……やっぱり、ラプソティ様と同じ趣味なの?」
「いや違う。絶対に酷いことはしないから、お願いだからヤらせて下さい!!」

しかし俺の口は、黙ってくれなかった……。
というか、ナイよ、『やっぱり』ってなんだよ。
――で、気がつけば、俺は無意識に土下座をしていた。
席から立ったことすら記憶にないのだ、たった数秒前のことなのに。
額を床に押しつけて、俺は祈った。だけど土下座してやらせてくれって、俺何言ってるんだよ。違う俺は、告白がしたいんだ。だから俺は続けた。

「俺と付き合ってくれ。俺の恋人になってくれ!!」

俺はようやく冷静になって言いたいことが言えた。だが、心臓はバクバク言っている。耳に心臓が張り付いたみたいだった。――返事を聞くのが怖い。出来ればなるべく優しく断って欲しい。俺はほめられてのびる子――……即ち非常に打たれ弱いのだ。

「いいけど……」
「そうですよね、ごめんなさい」
「え?」
「……え?」

俺は顔を上げて、ナイのことをまじまじと見た。ナイは、なんだか僅かに頬に朱を指しているようだった。それより夢じゃないよな? 俺は全力で自分の頭を殴ってみた。痛かった。

「何してるの……?」
「いや、あの――……え、いいのか?」
「冗談じゃなかったんなら、うん。僕、多分エースのことが好きだから」

好き。好き!? 好き!! 嬉しすぎる。ナイ、俺のこと好きだったのか……!
感無量すぎて、俺は頬を温水がぬらしていく事に気がついた。
正直言って、俺は声こそ上げなかったものの、ぼろぼろ泣くのが止められなくなった。
だって、だってだ。ナイが俺のことを好きだと言ってくれたのだから。

「……どうして泣いてるの?」
「ッ、これ、は、心の汗だから!!」
「? 僕はそれでどうすればいいの? 僕これまでに恋ってしたことがないから、恋人もいなかったし、よく分からないよ」
「い、今まで通りで大丈夫だからッ」
「――だけど、さっきヤりたいって……」
「どうぞ軽蔑して下さい。ただの本心です。ごめんなさい」

俺は再び土下座した。今度は涙が、床にたれた。うれし泣きなんて、高校の卒業式以来していない。あのときだって、涙もろいなってさんざん馬鹿にされたんだけどな。

「……いいよ」
「え?」
「シても、いいよ。僕、ヤった事がないから上手くできるか分からないけど……」
「え!?」
「エースになら、いいよ」

俺はその言葉に、気絶したのだった。その直前、自分の体は大切にしろと言おうと思ったのだけれど、気づけば感極まって俺はぶっ倒れてしまったのだった。