【三】犯罪・事件マッチングアプリ
食後僕は、山縣がシャワーを浴びに行ったので、お皿を食器洗い機に入れてから、洗濯機を回し、絨毯には掃除機をかけた。一棟まるまる我が家なので、生活音を気にしなくてよいのが救いだ。
一階が駐車場、二階が探偵事務所、三階が事件資料庫、吹き抜けにして螺旋階段で繋いでいる四階から六階までが居住スペース、七階が書庫だ。八階は屋上で、一応ヘリコプターが発着できる。僕の生家の持ち家の一つだった。都心に近いこのマンションは、交通の便もよく、近隣のショッピングモールにも近い。
一仕事終えてから、僕は珈琲を淹れて、ソファに座りなおした。
正面のチェストの上には、僕が買ってきた花がいけられている。僕は花が好きだ。
そしてタブレットを起動し、『事件・犯罪マッチングアプリ』を開く。そこには、様々な依頼が並んでいる。警察機関からの依頼も多いし、一般市民からの迷子犬捜索の依頼も数多い。依頼にも難易度別のランキングが存在している。
僕は何気なくテレビをつけた。探偵は人気職なので、たびたびメディアに登場する。今も丁度、難易度の高い殺人事件を解決したとして、不動のAランク探偵である御堂皐月(みどうさつき)とその助手の高良日向(たからひなた)が、報道陣に囲まれている光景が流れ出した。なお、Sランクに到達した事のある探偵は、過去に五人ほどしかいないそうで、犯罪者に狙われる可能性があるからと、氏名は公表されていない。まぁ探偵の場合はランキングが下降するので、今はSランクではない可能性もある。
逆にEランクの探偵は、珍しいとすらいえる。探偵ランキング最下位、ポイント最低者として、山縣は非常に有名だ。そんな方向性で名を売らなくてもいいと僕は思う。だが山縣本人には、向上心ややる気というものが欠落している。それでも山縣だけが、僕の運命の探偵であるから、僕はそばにいるしかない。それが、世界探偵機構の取り決めた規則だ。たまに他の探偵と助手に会うと、僕は憐れみを含んだ目で見られる事が多い。
「はぁ……」
これでまだ、山縣が性格的にいい人であったならば、僕も我慢できる。だがそろそろ限界だ。山縣はゲームで遊んでばかりで、たまに僕を見ると、我がままをいうのみだ。
「朝倉ー!」
山縣が浴室から僕の名前を呼んだ。
「バスタオルが無ぇんだけどー! 下着も出しといてくれ」
それくらい自分で用意しろよと思いつつ、僕はひきつった笑みでそれらが入っているクローゼットへと向かった。僕は笑顔だが、キレそうである。だというのに、言われたままに僕は準備をしてしまう。なんとなく、山縣の世話をしてしまう。これが、運命の絆という事なのだろうか? そんな探偵と助手の絆、僕はいらなかったと心底思う。
洗面所兼脱衣所にある洗濯機の上に言われたものを置いてから、僕は横長のソファへと戻った。そして再びマッチングアプリを眺める。
「山縣に出来そうなものは……そうだなぁ、猫探しかな。他にないなぁ」
ぶつぶつと呟いていると、山縣が戻ってきて、僕の隣に座った。僕は半眼でそちらを見ながら、少し横に移動して距離をあける。すると指の長い骨ばった手で、不意に山縣が僕の頭の上をポンポンと二度叩いた。
「鬱陶しいな、やめろよ!」
「ん」
山縣はなにかと僕の頭を撫でる。
「俺はお前がいないとダメなんだよ。帰ってきてよかった」
「それはそうだろうね。僕がいなかったら、家もなくなるからね」
「そういう意味じゃねぇよ。とにかく、いないとダメなんだよ」
山縣は僕をまじまじと見ると、真面目くさった顔でそう述べた。僕は運命を感じられないが、どうやら山縣は、僕を運命の助手だと考えているようだ。そこだけは、僕も悪い気はしない。他者に求められるというのは、誰だってそこそこ嬉しいと感じるんじゃないだろうか。
「じゃ、この依頼……猫探し。僕はそこに行きたいから、いないとダメならついてきてくれるよね?」
「猫? GPS、ついてねぇの? 首輪とかに」
「依頼文には、書いてないけど? 明日とにかく、事情を聴きに行こう」
「……怠ぃな」
「山縣! 今月もまたゼロポイントになっちゃうだろ? お願いだから……!」
「別にポイントなんかなくても俺は気にならん」
「僕が気になるんだよ!」
僕は常日頃穏やかな物腰だといわれるのだが、山縣が相手だと思わず声を上げてしまう。山縣は僕を苛立たせる才能の方が、探偵としての才能より明らかに優れている。
「分かったよ。だから笑顔でキレんなって……」
「怒りもするさ」
「機嫌直せよ」
「……はぁ。僕、そろそろ寝るね」
「おやすみ」
こうしてこの日は、それぞれ就寝した。