【四】いつもの朝
翌朝、僕は六時に起きて、朝食の用意にとりかかった。
厚焼き玉子、ほうれん草の胡麻和え、油揚げとねぎの味噌汁、焼きシャケ、そして白米だ。実家にはシェフがいるから、料理を作るのも久しぶりだ。だからというわけではないが、山縣の好物ばかりを無意識に作った僕は、完成後嘆息した。
次の仕事は、山縣を叩き起こす事だ。山縣はどんなに轟音がする目覚まし時計をかけても、アラームをかけても、僕が起こさないと起きない。聴覚に困難があるのか疑うほどだが、日常会話はできるのだから、単純に寝穢いだけだろう。
一応ノックをしてから、山縣の部屋の扉を開ける。
山縣の部屋には、巨大なセミダブルのベッドしかない。だからこの部屋のみ、山縣がいても綺麗だ。余計なものを置かなければ、山縣も汚さないのである。
「山縣、朝だよ。起きて」
「……」
「山縣!」
端正な顔立ちの寝顔を見る。瞼はピクリとも動かない。山縣は、思いのほか長い睫毛を揺らす事もせず、ただ寝息はたてずに眠っている。
「山縣!」
「……」
「朝だって言ってるだろ!」
「……うるせぇな」
「!」
僕の腕を取ると、山縣がベッドに引きずりこんだ。護身術を極めているらしく、抱きこまれた僕は必死に押し返そうとしたが、全然体が動かなくなってしまった。
「山縣!」
思わず僕は、目を閉じたままの山縣を睨んだ。週に一度は、僕はベッドに引きずり込まれている。
「起きろ!」
「あ? ああ……なんだよ、朝倉?」
やっと起きた山縣が、僕を放して、僕の両側に腕をつき、体を浮かせた。押し倒される形で、僕は山縣を見上げた。山縣は僕を睨むように怪訝そうにしている。その顔を見てから、僕は素早く腕から抜け出して床に降りる。
「だから朝だって言ってるよね? ご飯が出来てるよ!」
「おう……おはよ」
「おはよう! さっさと着替えて! 今日は猫探しだからね!」
僕は強い口調でそう告げてから、ダイニングキッチンへと戻った。