【八】探偵機構からの手紙







 青波警視正が来てから、二週間が経過した。七月に入り、梅雨明けした。
 テレビの報道では、梅雨あけをお天気キャスターがにこやかに告げているほか、ここのところ、連日、連続放火事件のニュースがトップを飾っている。小学生の犯行ということもあり、実名は公表されていないが、映し出された家屋や状況から、僕にはすぐに先日の事件だと分かった。しかしメディアが山縣を囲む事はない。探偵の氏名は、探偵自身が、公開・非公開を選ぶ事ができる。山縣は、氏名を公表しなかった。別段有名人になってほしいというわけではないから、僕はその選択は別にいいと思っている。ただ、ちょっとだけ残念ではある。山縣の才能の片鱗を、初めて目にしたからだ。

「……」

 僕はテレビを消した。
 そして立ち上がり、キッチンへと向かう。昼食の用意をするためだ。山縣は二度寝すると述べて、朝食後に部屋へ行ったっきり出てこない。本日のメニューは、パエリアを予定している。

「山縣は、称賛を浴びるとか、目立ちたいとか、そういう欲求はないのかな」

 ぽつりと呟いてから、僕は料理をした。
 それが落ち着いたので、紅茶を淹れてリビングへと戻る。するとポストに何かが投かんされた音がしたから、僕はエントランスの方を見た。立ち上がって見に行くと、白い封筒が入っていた。宛名は山縣宛で、裏返すと赤紫のシーリングスタンプがあった。これは世界探偵機構の日本支部のものだ。目を見開いた僕は、慌てて山縣の部屋へと向かう。

「山縣!」
「うるせぇな、なんだよ?」

 二度寝すると話していた山縣だが、寝台に寝転んでスマホを弄っていた。きっとまた、ゲームだろう。山縣のスマホ代の九割は、ゲームへの課金代金だと、支払をしている僕は知っている。実際にお金を出してくれているのは、僕の実家だが……。一応僕も、僕の名義の会社をいくつか貰っているので、そこの収入といえばそうなのだが、名前ばかりだ。

「探偵機構から手紙が来てる。すぐに開封して」
「……そんなのどうでもいいだろ」
「よくないよ。中身が気になる。僕が開けてもいい?」
「好きにしろ」

 一応山縣から同意をもらったので、僕はその場で、手紙の端を切った。自室に戻ってペーパーナイフを手にする心的余裕がない。緊張しながら中身を見て、僕は思わず破顔した。

「やった……やったよ、山縣! 探偵ランキングが、一気にBになったよ! ポイントもすごい。ポイントの特典で、カニが届くって!」
「カニ? そんなもん、この前お前の実家からも届いただろ」
「でも、山縣の仕事で食材が届くなんて初めてだ。僕、嬉しくて泣きそうだよ」
「……」

 僕が喜ぶ前で、山縣が半眼になった。しかし嬉しさが極まって、僕は満面の笑みを浮かべた。本気で感涙しそうである。

 そうしていると、封筒の中に、他にもなにか入っている事に気が付いた。それを手に取ってみる。

『ミステリーツアーのお知らせ。探偵スキルの向上を目的とした、陸の孤島の洋館で行われる推理合戦への招待状です。七月二十日、フェリーで出航します。チケットを同封しましたので、ご確認ください』

 と、書かれていた。そして、船のチケットが二枚入っていた。

「山縣、これ、こ、これ!」
「あ?」
「選ばれたBランク以上の探偵と助手だけが参加できるって噂の、ミステリーツアーのチケット!」
「怠ぃ。行かん」
「えっ」

 それを聞いて、僕は目を見開き、泣きそうになった。多くの探偵と助手は、一度でいいから行ってみたいと感じるだろう、夢のイベントだ。探偵機構が開催するミステリーツアーは、人々の憧れの的であるし、僕だって行ってみたい。

「……」

 しょんぼりしてしまったら、目が潤んできた。

「お、おい? そんなに行きてぇのか?」
「……うん。でも、山縣が嫌なら断るよ。探偵が参加しなきゃ、助手には権利がないからね……」
「っ、あーもう。分かったよ、行けばいいんだろ?」
「!」
「でも行くだけだからな。推理なんかしない。ちょっとたまには旅行もいいかな、って思っただけで、別にお前のためでもないからな」
「あ、ありがとう! 参加するって返事をするね」
「……はぁ。本当、仕方ねぇな。ってか、腹減ったな。飯は?」
「準備はできてるよ」

 僕は今度は、満面の笑みを浮かべた。すると片目だけを細くした山縣が、小さく頷いた。