【九】フェリーの出航





 快晴の空の下、ゆっくりとフェリーが出航した。客室に荷物を置いた僕達は、夕食まで時間があるからと、デッキに行ってみる事にした。僕のたっての希望であり、山縣は気怠そうにしている。

 潮風が僕の髪を撫でていく。白い海鳥が空を飛んでいる。
 次第に陸地から離れていき、一面海しか見えなくなる。

 その場がざわついたのは、僕が海をまじまじと見ていた時だった。なにごとだろうかと振り返ると、丁度二人の青年が歩いてきたところだった。僕もまた驚いて目を丸くす。左側を歩いているのは、Aランク探偵として有名な御堂皐月だ。本物だ。顔の造形だけならば山縣も勝てるかもしれないが、その部分以外比較しようがない、完璧な探偵だ。その隣には、助手の高良日向の姿がある。こちらは、実は僕の高等部までの同級生でもあったから、顔見知りではある。

 助手としての技能の成績は僕の方がよかった。けれど、バディを組む探偵によって、助手は能力を生かせる事もあれば、生かせない事もある。それが全てだから、学校の評価がいくらよかったとしても、それは探偵と出会った時からほとんど無関係になる。

 歩いてくる二人をまじまじと見ていると、日向が僕に気づいたようで、目を丸くした。息を飲んでから、日向が御堂さんの腕の服を引っ張る。すると何事か話しながら、二人がこちらへと歩いてくる。元同級生だから、挨拶してくれるという事なのだろうかと考えつつ、僕は隣を見た。山縣は海を見たまま、ぼんやりとしている。

 気のせいかとも思ったが、人気者二名はまっすぐにこちらへとやってきた。
 いつもテレビで見ている二人の姿に、僕は憧れもあって、体をこわばらせつつ、緊張から無理やり笑顔を浮かべる。

「久しぶりだね、山縣」

 立ち止まった御堂さんから放たれた言葉に、驚いて僕は目を見開いた。
 すると漸く気づいたようで、山形が片眉を顰めて、静かに振り返った。黒いネクタイが揺れている。

「話しかけるな」

 しかし山縣はいつも通りの、厚顔不遜な態度だ。焦って僕は、山縣の腕を引く。

「山縣、相手は御堂さんだよ?」
「あ?」
「みんな見てるから、もうちょっとさ……」

 ひそひそと僕がいうと、胡散臭そうに僕を見てから、山縣がチラリと御堂さんを見て、そちらに向き直った。

「――何か用か?」
「うん、僕というよりは、僕の助手がね」

 御堂さんがそう言って茶色い瞳を、隣にいた日向に向ける。金色の髪を揺らした日向は、じっと僕を見ると、一歩前へと出た。

「いつ日本に帰ってきたの?」
「え、あっ……春に」
「そう。もう大丈夫なの?」
「大丈夫って? なにが?」

 僕が首を傾げると、日向は何か言いたそうな顔をしてから、頭を振った。

「なんでもないよ」

 それから日向は、山縣を見た。山縣は何も言わない。すると御堂さんが、吐息に笑みをのせた。

「山縣は、ちょっと丸くなったね」
「へ? どこがですか? それに、知り合いなんですか?」

 僕は驚愕して、思わず口走った。すると山縣は呆れたように僕を見た。
 そんな僕達の前で、微笑しながら御堂さんが頷く。

「僕と山縣は、山階(やましな)探偵学園で保育園から大学までずっと一緒だったからね。同じクラスだった」
「えっ? 同じクラス? 普通能力に応じたクラス編成ですよね? ん? 御堂さんはS組のはずで……まさか、山縣も? え?」

 虚を突かれて僕は、おろおろしてしまった。山縣は双眸を細くしている。

「しかし山縣がこういうイベントに顔を出すのも珍しいな。君はあまりこういうゲームは好きではないだろう?」
「朝倉が思いのほかミーハーでな。お前と日向の事もキラキラした目でいつも見てるぞ。主にテレビで」
「や、山縣!」
「なるほど、助手に頼まれたら断れないね、それは」

 穏やかに御堂さんが笑った。御堂さんは物腰が穏やかで、とても優しそうだ。

「夜の推理ゲーム、山縣達と勝負できるのを楽しみにしているよ」

 御堂さんはそういうと、日向を促して歩き始めた。僕達四人は同じ歳ということだが、大人っぽく感じるのは、落ち着いているからだろうか。背中をじっと僕が見ていると、不意に隣で、ぼそっと山縣が言った。

「朝倉は、ああいう奴の助手になりたかったのか?」
「え?」

 それを聞いて、僕は山縣に向き直った。山縣はいつもと変わらない表情で僕を見ている。僕は軽く首を振った。

「そうじゃないよ。山縣に、ああいう風に活躍してほしいと思う事はあっても、他の誰かの助手になりたいと思うわけじゃないからね」