【十】金島
フェリーが到着した陸の孤島は、金島(きんしま)という。島は左右対称の街が展開していて、小高い場所に、洋館があった。主人は双子の青年なのだという。ここはミステリーツアーのために用意された島であるから、あくまでもそういう設定だ。
洋館の二階にある客室に、僕と山縣は入った。それぞれベッドに荷物を置く。
夕食は、本日は十七時からなので、それまではあと一時間ほど、僕達は部屋で休む事になる。僕はチラリと山縣を見た。寝そべっている山縣だが、『ああいうやつの助手になりたかったのか』だなんて、先ほどは殊勝な事を言っていた。
山縣でも、そんな事を考えるのかと驚いたというのが本音だ。気にさせてしまったなら悪かったなと思いつつ、僕は端正な山縣の横顔を見る。そしてふと思った。
「ねぇ、山縣」
「あ?」
「逆にさ、山縣はどんな助手がよかったの?」
「どういう意味だ?」
「朝はゆっくり眠らせてくれる人とか……なんていうか、理想の助手?」
「俺はお前がいればそれでいい。お前以外の助手なんていらん」
断言されたものだから、僕は自然と嬉しくなった。山縣は山縣なりに、僕をきちんと助手だと感じ、認めてくれているのだろう。
その後夕食までの間、僕達は雑談をして過ごし、指定された時刻に食堂へと向かった。白いレースのかかった、長いテーブルがあって、銀の覆いがついた皿が並んでいる。肉料理でも入っているのだろうか。ナイフやフォークの数から、そんな事を考える。席はすべて指定されていて、探偵と助手は隣り合わせだ。僕は山縣の右側に名札が置いてある。偶然にも、正面の席は御堂さんと日向だ。間近で推理を見られるのかと思うと、心が躍る。
チラリと御堂さんを見れば、目が合い、微笑みかけてくれた。それだけでテンションが上がる。日向と山縣が呆れたように僕達を見ていることに気づいて、僕は慌てて顔を背けた。
「ご着席ください」
現れた双子の青年の横にいた、支配人だという青年がよく通る声で言った。
その通りにすると、僕達の背後には給仕の人々が並んだ。
「まずは料理をお楽しみください」
そんな声が響いてきて、銀の覆いが開けられた。僕は最初、何が起きているのかわからなかった。白い皿には赤い血が滴っていて、その上には、人間の頭部が載っている。血の気の失せた顔で目を閉じている、男の首がある。
「……」
――僕は、この光景を知っている。
「くだらねぇトリックだな。トリックといってもいいのか、これ」
山縣の声がする。
けれどそれが、とても遠く聞こえた。
ぐらりと僕の視界が二重にブレる。
「朝倉!」
気づくと僕は、椅子から転げ落ちていて、山縣に抱き起されていた。呼吸が苦しくて、涙が浮かんでくる。過呼吸を起こしたらしいと漠然と考えた時、遠のきそうになった意識に、過去に見た陰惨な事件の風景がよぎった。あの時僕は、確かに切断された頭部に囲まれていた。そして、僕もまた、そのうちの一つになるはずだった。僕は今、どうしてここにいるのだろう。
「朝倉!」
続けて名前を呼ばれた時、そういえばあの時も、山縣の声を聞いたのではなかったかと考えた。
――あの時?
僕達は今年の春に出会ったはずだ。では、あの時とは、一体いつだ?
そう考えたのを最後に、僕の意識は完全に暗転した。
「ん……」
「朝倉!」
僕が瞼を開けると、そこには僕を覗き込んでいる山縣の顔があった。僕はゆっくりと瞬きをしながら、思わず苦笑した。
「さっきの首、どうなったの?」
「あれは偽物だ。テーブルの下に潜っていた人間が、首だけ出して、特殊メイクと血糊で死んだふりをしていただけだ。そんな事より、朝倉、お前、具合は? 大丈夫か?」
必死な声で、切実そうな表情で、山縣が僕を覗き込んでいる。
――嘗てからは、考えられない。過去、山縣は僕を心配したりしなかった。
「山縣……」
「なんだ? すぐにこの館に待機してる医者を――」
「ううん。大丈夫。あのさ、僕……」
「なんだ?」
「思い出したんだ」
「なにを?」
「――僕と山縣は、今年の春に出会ったんじゃない。もうずっと前に、出会ってた」
僕は、欠落していた二年間の記憶を、正確に思い出していた。
僕のそんな言葉に、山縣は目を瞠ってから、じっと僕を見る。
「朝倉、お前……記憶が戻ったのか?」
「うん。そうだった、僕は……」