【十三】完璧







「い……――おい! 起きろ!」

 厳しい怒声がして、僕は揺り起こされた。僕は朝が弱いから、思わずぼんやりとした。

「この煩いアラームをさっさと止めろ!」
「ん……」
「止めるからな!」

 激高しているのは、山縣だった。僕はそれを見て、飛び起きた。自分が昨日から、ここに住んでいるのだと、漸く思い出した。

「三十分も鳴りっぱなしで、よく起きないな? お前の聴覚はどうなっているんだ?」
「ご、ごめん……おはよう、山縣」
「……」
「朝食は食べた?」
「まだだ。だが、だからなんだ?」
「僕、作ろうか?」
「できもしない料理をするというよりも先に、さっさと顔を洗って着替えろ。これから捜査協力を依頼されているから、出るぞ。助手を連れてこなければ協力させないと言われてな。別にこちらだって好きで協力しているわけではないが、事件には興味がある」

 謎を解決したいというのは、探偵才能児が持つ根源的な欲求だ。
 それを思い出しつつも、僕は大きく頷いた。僕にとっては、初の事件だ。
 僕は慌てて身支度をし、リビングへと顔を出した。するとそこには、カフェで出てきそうなクロックムッシュが置いてあった。

「これ……」
「食べたくなければ、別にいい。だが、捜査中は、食べられない可能性が高いことを付け加えておく」
「い、いただきます!」

 この時食べたクロックムッシュは、信じられないくらい美味だった。
 またこの日知ったのだが、山縣は非常に規則正しい生活をしていて、どんなに遅く眠ろうとも、朝の四時には起きて、護身術の自主稽古や筋トレをしている。朝が非常に早い。山縣の辞書には、寝坊という単語は掲載されていない様子だ。

 山縣は、本当に何でもできた。一人で完結している。
 それでも僕は、山縣の助手だから、出来る事を探していきたい。
 そう願っていた。

 この日向かった、僕にとっての最初の事件の現場には、他に二名のSランク探偵の姿があった。片方は、Sランク探偵兼助手でもある。Sランク探偵の名前は、春日居孝嗣(かすがいたかつぐ)、その助手兼同じくSランク探偵なのが、十六夜紫苑(いざよいしおん)だった。二人とも、二十四歳だと聞いた。僕から見ると大人だった。国内に五人いるSランク探偵の内、山縣を含めて三人がここにいる。残りの二名は、山縣の両親だ。

 連続猟奇殺人事件の捜査だった。
 到着してすぐに、山縣は嘆息してから、立っていた青波悠斗という警視を見た。

「犯人は、そこにいるだろ」

 僕は驚いた。資料すら見ていないのに、山縣がまっすぐに、一人の警察関係者を見据えたからだ。突然視線が集中したその鑑識の人物は、顔を歪めてから、真っ青になった。なにも言わずに、青波警視が捕らえる。

「事件は終わりだ。帰るぞ」
「……うん」

 出る幕なんて、どこにもなかった。

 ――とにかく、山縣は完璧だった。

「お前にとって、洗濯というのは、洗濯機に服と洗剤を放り込むだけなのか?」

 僕は口ごもる。掃除をすれば、呆れられた。

「朝倉。お前と俺では清潔の概念が違うらしいな。俺は埃一つでも気になるし、分別されていないペットボトルなど論外だ」

 言いながら、いずれも山縣は、僕の前で完璧にやり直した。だから僕は、言葉を失ってばかりだった。本当に僕には、出来ることが何もない。自分が不要だと、見せつけられる毎日だ。

「ね、ねぇ山縣……? せめて家事だけでも僕にやらせて?」
「できない人間になにをやらせろというんだ?」
「頑張るから」
「勝手にしろ」

 その内に、山縣は僕を捜査に伴わなくなった。気づくと山縣は家にいなくて、僕が目を覚ますと家が無人である事は、珍しくなくなった。

 この日も――僕はシチューを作り、テーブルの前に座っていた。
 既に午後の十時だが、山縣が帰ってくる気配はない。

「今日は、どこの捜査に行ったのかな……」

 助手であるのに、僕はそれすらも教えてもらえなかった。