【十四】山縣のプライベート
この日帰ってきた山縣の肩を見て、僕は濡れている事に気が付いた。
本日は、雨だ。
「おかえり、山縣。どんな捜査だったの?」
僕は体が冷えているだろうと考えて、珈琲を淹れた。ソファに座った山縣にそれを差し出すと、顔を背けられた。その視線を追いかけて、僕はチェストの上を見る。そこには、僕が買ってきた青い花が飾ってある。僕は花が好きだ。山縣が僕に対して文句を言わないのは、僕が花を飾る事と、僕の淹れる珈琲や紅茶に関してだけだ。
「別に。俺がどこに行こうと、勝手だろう」
「教えてくれてもいいだろ? 僕は助手なんだよ?」
「――今日は、捜査じゃなかった。話す事は何もねぇよ」
「へ? あ、ああ、ごめん。プライベートって事か……」
山縣にも遊ぶ友達がいるんだなぁと漠然と思い、僕は少しだけ驚いた。それから改めて、山縣の肩を見る。この濡れ方は、考えてみると、相合傘をしていた時にはこうなりそうだ。
「もしかして、デート?」
「っ、なんで?」
すると珍しく山縣が、驚いたような声を出した。僕へと視線を向けて、怪訝そうな顔をしている。
「うん? そうかなって思っただけ」
僕は気をよくして、笑顔になった。すると山縣が、虚を突かれたような顔をしてから、腕を組んだ。
「変なところは鋭いんだな。もっとそれを別の場面でいかせないのか?」
「う……」
「で? 俺がデートをしてきたというんなら、なんだというんだ?」
「え? いや、別に……。山縣のカノジョがどんな人かは気になるけど」
「別に恋人じゃねぇよ。それに今日の相手は、男だった」
「――え?」
山縣の言葉に驚いてから、僕は意味を理解し、一気に赤面した。僕はずっと助手としての自己研鑽……今となってはかなり不足していたようだが、とりあえず励んできたから、恋愛をした事がない。とはいえ、肉体関係とは、一般的に恋人同士が持つものだという知識があるし、多くの場合、男子は女子を好きになるものだと思っていた。
「ああ――そうだ。お前にも取柄が一つあるな」
「へ?」
「顔だけはいい。朝倉、お前にもできる事が、一つだけある」
「それって……?」
「ヤりたりない。相手をしろ」
「えっ!?」
「さっさと脱げ。マグロでいい」
呆気に取られて、僕は目を見開いたままで、硬直した。
僕が呆然としていると、カップを置き、山縣が立ち上がった。そして僕の腕を引っ張る。僕はそのままソファの上に押し倒された。後頭部をクッションにぶつけた僕は、狼狽えながら、のしかかってきた山縣を見上げる。
「や、山縣……っ、冗談は……」
「俺は冗談は好きじゃない」
そう言って山縣が、唇の端を持ち上げた。その黒い瞳が獰猛で、獲物を捕る前の猫のように見える。ゾクリとした。僕は体を震わせてから、慌てて山縣の体を押し返す。
「やだ、止めて……」
山縣が僕の首元の服を開け、肌に吸い付いた。ツキンとその箇所が疼いたとき、いよいよ僕は恐怖から涙ぐんだ。
「やだ、っ……お願い、やめて……」
思いのほか僕の声は小さくなり、そして震えていた。
するとハッとしたように山縣が息を飲み、涙ぐんでいる僕を見下ろした。
暫くの間、山縣はそのまま僕を見ていた。
そして嘆息すると、顔を背ける。
「――萎えた」
そう言って、山縣がソファから降りた。
その後、僕は部屋に戻って考えた。探偵の性欲解消も、助手の務めなのだろうか? だとすれば、僕はまた失敗したということだし、山縣いわく僕に出来るはずだった唯一の事もなくなってしまったようだ。
「……」
僕はタブレット端末を手に取り、男同士のSEXの仕方を検索した。この日から、僕の新しい勉強が始まった。フェラやアナルセックスの知識を蓄えていく。練習は出来ないけれど、知識をとにかく詰め込んだ。そして必死に勉強してから、ある日リビングにいた山縣に声をかけた。
「や、山縣……あ、あの……」
「あ?」
「……そ、その。勉強してきたんだ。だから、僕にさせて」
「何を?」
「口で」
「は?」
「だ、だから、その、ベルトをはずして……?」
僕は我ながら真っ赤になって、そう告げた。すると息を飲んだ山縣が、呆気にとられたような顔をした。そして――僕から視線を逸らすと、吐き捨てるように言った。
「探偵のためなら体も差し出すって? 見損なった」
グサリと、僕の心が抉られた。俯き、僕は思わず震えた。
「でも……他に出来ること、ないから……」
「……っ」
僕が涙ぐみながら述べると、しばしの間山縣が沈黙した。
そして、言った。
「まぁいい。それだけ言うんなら、咥えろ」