【二十】ハンバーグ





 僕は本日、ハンバーグを作った。山縣の作るハンバーグの方が断然美味しいのだけれど、僕も努力をしている。山縣は完璧だけれど、目玉焼きやチーズを載せるという発想がなかったらしく、僕が作ったハンバーグを見て、当初困惑していた。だが不味いとは言わずに無言で完食したので、気に入ったのだろうと僕は考えている。

「ん?」

 その時スマホから通知音がした。見れば、十六夜さんからメッセージアプリで連絡が来ていた。キャンプが終わってから、僕達はほぼ毎日やりとりをしている。十六夜さんは、僕に実戦的な助手の心得であったり、事件現場での動き方や補佐方法などを教えてくれる。それだけではなく、日常的な雑談も、機微に飛んでいて、本当に面白くて優しい。

『今度、俺と春日居の家に来ない?』

 本日はそんなお誘いをもらった。楽しそうだなと思い、僕は山縣に聞いてみる事にした。その日、山縣は、早めに帰宅した。そしてハンバーグを食べ始めた。僕は付け合わせのサラダを食べながら、反応を窺う。不味いとは、やはり言われなくて、それだけでもとても満足してしまった。

「なに見てるんだよ?」
「あ、その……十六夜さんが、家に来ないかって誘ってくれたんだ」
「十六夜が? なんで?」

 すると山縣が不機嫌そうに眉を顰めた。そうしつつも、フォークとナイフは動かしている。

「助手の心得とか、色々教えてもらってるんだ」
「俺は朝倉には、何も期待していない。不要だろ」
「っ……で、でも! 僕は山縣の助手だから、出来ることは頑張りたいし、勉強できることは学びたいんだ。十六夜さんは、とっても優しく教えてくれるし」
「――どうせ俺は、優しくねぇよ」
「へ?」
「なんでもない」

 山縣はそういうと、不機嫌そうなままで、ハンバーグを完食した。
 僕はその後、お皿を洗いながら、これも任せてもらえるようになって良かったなと思いつつ、天井を見上げた。山縣に期待してもらえないのが、とても辛いけれど、当初よりは、家事だって任せてもらえるようになってきた。それだけでも大進歩だろう。

 翌日僕は、そんな悩みを、メッセージアプリで十六夜さんに聞いてもらった。

『Sランク探偵って癖があるから、本当に大変だよねぇ』

 そう言って慰められると、なんだか気が楽になる。

『Sランク探偵は、速読技能や映像記憶能力もあるし、一緒にいると疲れない? 色々大変だと思うけど、無理しないようにね』

 十六夜さんは、本当に優しい。僕は完全に懐いてしまった。



「朝倉」

 山縣がリビングにいた僕に声をかけたのは、僕の誕生日の三日前の事だった。

「なに?」
「探偵機構に、助手を連れてくるように言われた事件がある。来い」
「う、うん!」

 久しぶりの事件に、僕は目を瞠った。事件の発生を喜ぶべきではないのだが、僕は助手として、きちんと山縣の隣にいたいから、どうしても気持ちが盛り上がってしまう。

「行くぞ」

 僕達は外に出た。すると青波警視が、車で迎えに来てくれていた。
 なんでも青波警視は、主に山縣専門の警察官なのだという。
 警察には、依頼する探偵への担当者がいることが多いそうだ。本来は、その相手とやり取りをするのは助手なのだと聞いたことがあるが、僕は青波警視の連絡先すら知らないし、青波警視から聞かれたこともない。疎外感がないといえば嘘になる。

「で? 事件の内容は?」

 山縣が尋ねると、運転しながら青波警視が語り始めた。

 ――連続失踪事件なのだという。既に、三十人以上が行方不明だそうだ。必ず現場に、髑髏が描かれたシールが落ちているため、連続事件だと判断しているらしい。

「……」

 すると山縣が、難しい顔をして沈黙した。
 僕は驚いた。大抵の場合山縣は、こういった情報を聞いた次の瞬間には、犯人を導出している事が多いからだ。戸惑っている様子を、僕は初めて目にした。

「恐らくは、複数犯だ。被害者は生きていない」
「珍しく曖昧だな」

 青波警視がそういうと、山縣が苦い顔をした。

「ああ。これは難事件かもしれん」
「Sランク探偵がそういうのなら、そうなんだろうな」

 二人のやり取りを聞きながら、僕はちっとも役に立たない己を振り返り、ぼんやりとしてしまった。力になりたいと確かに思うのに、何もできない。落ち込みそうになる。

「あ、あの、山縣? 複数犯って何人?」
「――分からん。黙ってろ、朝倉。気が散る。足手まといだ」

 きっぱりとそう言われ、僕は口を閉じる事にした。
 その後現場へ向かったが、僕は立っていることしかできなかった。

 結局犯人はわからないまま帰宅し、山縣はお風呂に行った。僕は引き出しから、ローターを取り出す。僕に出来ることは、本当に性処理だけらしい。だったら、山縣に解してもらう手間を削減するべく、山縣が帰ってくる前に、自分で解しておこうかと考える。

「……」

 だが、あまりそういう気分にはならなかった。僕は引き出しにローターを戻して、ただただ悲しい気持ちになっていた。胸のあたりが、どんよりと重い。