【二十一】誕生日(※)






 今日は僕の誕生日だ。テレビの星占いを見ていたら、こちらも一位で気分がいい。別段占いを信じるわけではないけれど、ちょっとだけ前向きになれる。僕が微笑していると、リビングのソファで一緒にテレビを見ていた山縣が、チラリとこちらを見た。

「機嫌がよさそうだな」
「え? ああ……うん、ちょっとね」
「ちょっと? 具体的に言えといつも言ってるだろ」
「ん……今日、誕生日なんだよ。十七歳になったんだ」
「――ああ。そうらしいな」
「え?」
「助手のプロフィールくらい、俺は記憶している」

 さらりと助手と言われ、僕は嬉しくなった。その言葉が、最高の誕生日プレゼントに思えた。だから満面の笑みを浮かべて、顔をデレデレにしていると、山縣が僕を見て怪訝そうな顔をした。慌てて表情を引き締める。しかし嬉しすぎて、僕はまたすぐに笑ってしまった。

「ねぇ、山縣は、誕生日はいつなの?」
「もう終わった。七月の終わりだ」
「えっ、言ってくれればよかったのに」
「誕生日なんて俺は気にした事がねぇよ」
「……来年は、お祝いするから」
「いらん」

 山縣はそうきっぱりと述べてから、僕をじっと見て――そのまま押し倒した。僕はソファの上で、山縣を見上げる。すると山縣が僕の後頭部に手を回し、頭を持ち上げた。

「! 痛っ」

 直後ポケットから取り出したピアッサーで、いきなり山縣が、僕の右耳を貫いた。

「えっ、うあ!」

 続いて左耳だ。
 僕が震えていると、山縣がニヤリと笑った。

「安心しろ。このピアッサーは特注品だから、膿んだりはしない。それに、好きなピアスを最初から付けられるんだよ」
「な、なんで……? なんで、いきなりピアス?」
「さぁな」
「んぅ」

 そのまま山縣が、僕の唇を塞いだ。舌で舌を絡めとり、それから僕の舌を引きずりだして、甘く噛む。そうされると僕の体の中には、熱が浮かび上がってくる。そちらの衝撃で、耳への痛みの感覚なんてすぐにかき消えてしまった。

 唇が離れると、僕達の間には唾液が線を引いていた。僕は思わず、うっとりと山縣を見る。すると山縣が口角を持ち上げた。

「俺のこと、好きか?」
「っ」
「言えよ。続きをしてほしかったら、好きだって」
「……好きだよ」
「へぇ」

 言わせられている状態だが、僕は実際に好きだから、本当に困っている。
 山縣が僕の服を乱し始めた。
 果たして山縣は、僕の事をどう思っているのだろう? 僕はそれが知りたいけれど、怖くて聞くことができないでいる。

 そのまま僕達は、体を重ねた。


 翌日は、秋雨が降っていた。夜まで僕達は、特に依頼が入るわけでも何があるわけでもなかったから、ダラダラとリビングで過ごしていた。特に目立って会話をするわけでもないのだけれど、山縣と同じ空間にいると、不思議と落ち着く。

「ん」

 その時、山縣のスマホが音を立てた。通話に応答した山縣の顔が、険しく変わる。
 通話を終了してから、舌打ちし、山縣が僕を見た。

「この前の事件の続きだ。お前も来るようにという指示だ。邪魔はするな」
「う、うん!」

 こうして急な呼び出しで、僕達は外へと出て、青波警視の車に乗り込んだ。そして概要を聞くと、失踪事件の被害者の……生首が発見されたという知らせだった。僕はグロテスクな話に怖くなって、両腕で体を抱きしめる。山縣は慣れた様子で、被害者の首だけの写真を見ている。それから山縣は、後部座席にともに座っていた僕を、呆れたように一瞥した。

「何を怯えてるんだ? こんなもの、ただの肉の塊だ」
「っ、で、でも……こんなご遺体を見るのは……」
「死ねばそれはもうただの肉の塊だ。いちいち衝撃を受けてどうする?」
「……」

 果たしてそうなのだろうか。僕は殺害される前には、きっとこの被害者だって、恐怖しただろうと思い、胸が痛くなった。同時に、首から流れ出たらしき血痕が、現場のアスファルトを濡らしているのを見て、気分が悪くなった。

「山縣。何かわかったか?」

 その時、運転しながら青波警視が声をかけてきた。すると山縣が忌々しそうな目をした。

「分からん」
「ほう。珍しいな、山縣がそういうのは。寧ろ俺は、はじめて聞いたよ」
「相手は少なくとも、一般人ではない。普通の犯罪者とは考えられない」

 山縣の声が険しくなる。
 僕はその横顔を見ていた。

 それから僕らは、現場へと出かけた。そこで本物の生首を見て、僕はギュッと目を伏せる。怖い。けれど、山縣の助手になるというのは、こういった事件とも向き合うということだ。だから僕は双眸を開けて、しっかりと向き合うことに決めた。

 帰り際、僕と山縣は、途中で降りて、青波警視と別れた。青波警視は、そろそろ警視正に昇進しそうだと言って笑いながら帰っていった。

 雨が止んだばかりの歩道は濡れていて、ところどころに水たまりがある。
 僕は山縣の一歩後ろを歩いている。

「ニャア」

 すると鳴き声がした。僕と山縣は、ほぼ同時に立ち止まる。見ればゴミ捨て場のところに段ボールの箱があって、そこに黒い仔猫が一匹はいっていた。

「ニャア」

 やせ細っていて、手足が細い。

「行くぞ」
「や、山縣。この仔、このままにしておいたら、すぐに死んじゃうよ……」
「だから?」
「連れて帰っちゃダメかな?」
「あのな。猫を飼ったら、誰が面倒を見るんだ? 俺は捜査で泊りがけで家を空けることもあるし、抜けた毛はどうする? トイレの処理は? 餌は?」
「僕が頑張るから」
「何もできないお前が? お前に命あるものの世話なんかできんのか?」
「頑張る!」
「……好きにしろ」

 こうして僕は、仔猫を抱きかかえた。黒い毛が、雨で湿っていた。
 家に仔猫を置いてから、僕は取り急ぎコンビニに出かけて、必要なものを購入した。そして家へと戻ると、山縣が箱にトイレを用意していた。僕は目を丸くする。

「猫砂、買ってきたか?」
「う、うん!」

 僕はトイレの砂の袋を取り出した。ため息交じりに、受け取った山縣が、それを段ボールに入れた。

 山縣は、小さな猫を面倒くさそうに見ている。
 以後――猫は、山縣にばかり懐いた。そして山縣は、面倒くさそうな顔をしつつ、猫を膝にのせていた。まんざらでもなさそうで、僕は笑うのをたびたび堪えた。控えめに言って山縣は猫を溺愛していた。

 こうして僕と山縣の家には、新たな住人が加わった。

 ただ僕は、少し寂しい。どんどん山縣を好きになっていて、一緒にいるとずっと山縣の事ばかり見てしまい、胸の動悸と疼きに苦労しているため、可愛がられている猫にまで、嫉妬してしまいそうになったのである。