【十四】穏やかな夜
帰宅後、共に夕食をとってから、湯浴みをして僕達は寝室で再度顔を合わせた。
僕が寝台で上半身を起こしていると、隣にクライヴ殿下が上がってきた。
「今日は疲れただろう?」
そしてそっと僕の肩を抱き寄せると、僕の頬に触れるだけのキスをした。
「……平気です」
「そうか。では、魔法薬を塗るとしようか」
クライヴ殿下は僕のガウンを開けると、軟膏を指先に取り、傷跡をなぞった。一つ一つの痕に、丁寧に魔法薬が塗りこめられていく。僕は目を閉じ、睫毛を震わせた。
「八月には、きっとこの痕も消える。本当にむごいな。こんなにも綺麗な白い透けるような肌に、なんという仕打ちを……」
穏やかなクライヴ殿下の声が、少し低くなった。僕は目を開けて、首だけで振り返る。すると慌てたようにクライヴ殿下が微苦笑した。
「悪い、怖がらせてしまったな」
「いえ……」
過去、僕はこのように誰かに心配をされた事が無かったから、正直戸惑いはある。ただこの城に来てから触れたクライヴ殿下の優しさだけでも、人柄がうかがえて、僕の心は迷いよりも信じたいという想いが強くなり始めている。ただ、僕自身には、本当に心配してもらえるような価値があるのか、僕にはまだ分からない。
何せこれまで深く関わった事は無い。僕について深く知ったら、クライヴ殿下は幻滅してしまう可能性だってある。
「これからは俺が守る。だから、何も心配する必要はない」
「……はい」
けれどクライヴ殿下の優しい声が、どうしようもなく嬉しい。
「そうだ。八月には、豊穣を祈る月神セレスの祝祭がある。民への正式なお披露目は来年の披露宴でとなるが、俺の伴侶としての最初の公務となる」
「公務……」
「そう気負う必要はない。ただ、この王領センベルトブルクの祝祭は、国内でも一段と賑わいを見せるから、一緒に楽しんでもらえたらと俺は考えているんだ。ルイスは、民衆のお祭りを見た事はあるか?」
「いいえ……ずっと僕は家におりましたので、滅多に領地に足を運ぶ事もなくて……」
過去を振り返り、僕は自分の事に精いっぱいであったから、周囲を見ては来なかった事を悔やんだ。だが、魔法薬を塗り終え蓋をしめたクライヴ殿下は静かに笑って僕の頬に触れた。
「では、初めての体験だな。ルイスと二人で、俺は祝祭を迎えたい」
頬に触れる指先の感触に、僕は目を瞠る。すると柔和にほほ笑んだクライヴ殿下が、僕の頬に再びキスをした。
「ルイス。《俺の腕の中においで》」
甘い《命令(コマンド)》が響いてくる。僕は吸い寄せられるようにして、クライヴ殿下の腕の中に収まった。すると僕の後頭部の髪を優しくなでながら、クライヴ殿下は僕を抱きしめた。
「すぐにでもルイスが欲しい。ただ、これ以上疲れさせてもならないからと、自制している。困ったものだな、愛おしすぎるというのも」
優しい声音でそう告げてから、腕の力を緩めて、クライヴ殿下が僕の瞳を見た。
「今夜は休もう。おやすみ、ルイス」
こうしてこの夜は、クライヴ殿下に抱きしめられた状態で、僕は眠りについた。