【十三】ルベールの都






 ひとしきり泣いてから、僕は顔を上げた。すると指先で僕の涙をぬぐったクライヴ殿下が、微苦笑してから、僕の髪を撫でた。

「落ち着いたか?」
「……はい」
「今日はゆっくり休もう」

 そう言うとクライヴ殿下は、落ちていたシャツを僕に着せてくれた。
 そして僕を優しく寝台に横たえると、隣から抱きしめた。泣き疲れた事も手伝い、僕は頭を撫でられている内に、いつの間にか眠ってしまった。



「――ス。ルイス」

 翌朝。大きな窓から朝の光が差し込み始めているのを、瞼の外に感じていると、優しく名前を呼ばれた。それでしっかりと覚醒し、僕は目を開けた。すると僕を優しく見ているクライヴ殿下の顔があった。

「もうじき朝食だ」
「はい……」

 頷き僕は、一度私室へと戻る事にした。侍従が顔を洗う器を用意しておいてくれたので、僕はその温水を手で掬った。そして布で顔を拭いてから、新しい服に着替える。

 この日の朝食は、オムレツだった。ふわふわの卵が輝いて見えた。

「今日は街へ行ってみようか」

 クライヴ殿下の声に、僕は小さく頷いた。この一帯は、ルベールという都市だ。僕は初めてきたから、まだ何も知らないに等しい。

 食後僕は、クライヴ殿下に手を引かれて馬車に乗り込んだ。二人で並んで座り、初夏の道が流れていく車窓を見ていた。坂を下り、街を見ると、白い壁や青い屋根が連なりはじめ、そうした高級住宅街を抜けると、大通りへと出た。

「停まってくれ」

 クライヴ殿下がそう指示したのは大きな噴水の前だった。中央通りの突き当りにあって、その向こうには博物館があるのだと教わった。シャボン玉で芸をしている道化師や、魔導具でクレープを作って売っている露店がある。治安が良い都市のようで、護衛の姿も無い。

「この広場には、小さい頃よく来たんだ」
「そうですか」
「クレープを食べた事はあるか?」
「その……存在は知っていますが、食べた事は無いです」
「だろうな。中々貴族の家では出てこない。庶民の味だと言われている」

 この国では庶民の間にも広く魔導具技術が根付いている。僕が頷いていると、クライヴ殿下が僕の手を引き、クレープの露店の前に立った。

「チョコバナナを二つくれ」
「ご無沙汰しております、殿下。よろこんで」

 店の店主である初老のご夫人は、目じりの皴をさらに深くして笑うと、早速クレープを二つ作ってくれた。初めて食べるそれに、僕は目を丸くする。手づかみでものを食べるというのも、パンを除いては、ほとんど初めての体験だった。

「どうだ? ルイス」
「美味しい……甘いです」
「そうだな、ただこの甘さが癖になるんだ」
「クライヴ殿下は、甘いものが好きなんですか?」
「そうだな。ただ特に嫌いな食べ物は無い」

 僕達はクレープを食べてから、水の魔導具で手を清めた。その後は、博物館へと入った。ここには、ルベールの都の歴史や、王家の資料が沢山展示されていた。その一つ一つを、博物館の職員とクライヴ殿下に説明され、僕は頷きながら見てまわった。

 そうしていると時が経つのはあっという間だった。
 この日、昼食は大通りのレストランで食べて、午後は美術館と植物園をまわり、僕達は帰路についた。