【11】僕が稀代の悪Ωだと……?
前将軍幼少時からのお小姓兼大老で、特認で大奥入りを許されていた塔崎様と、僕の不貞疑惑は、大々的に瓦版等にも載っていたらしい……。これもあってなのか、家音を擁護している塔崎様の立場は表でもどんどん弱まっているそうだった。寧ろ弱まっているから、書き立てられているとも言える。非公式なやり取りだとは言うが、家音を廃嫡し、αの中で見ても優秀すぎるα――まるで僕がαに生まれついていたならきっとこうだっただろうと人々は言うのだが、つまり、チートつきαに等しいレベルらしき生松を即位させるべきであるという声が絶えないそうだ……。
……。
僕のチート能力を、αながらにして受け継いだのもまた、生松だったようだ……。天は二物を与えちゃったらしいのだ。確かに、僕から見ても生松はハイスペック過ぎた……。一方の家音は、ΩらしいΩである。普通の、Ωだ。御半下から開始したら、生涯そこで終りそうな感じがする。のほほんとしていて僕は好きなのだが……。
一体これから、どうなってしまうんだろう……。
僕は、不安でいっぱいだった。
また、本来Ωに傅かれる事はあっても逆は無いα達は――大奥に閉じ込められて、荒ぶっていた……。幼将軍から抜けきってはおらず発情期もまだの家音には、閨に呼ばれる事も無い。大奥全体が、ギスギスしていた。
そんなある日――僕は、体に覚えがある熱を感じて愕然とした。
嘘。
発情期として体が本能的に理解している熱が、僕の全身を絡め取っていた。
来るはずがないのに――……抑制薬を飲んでいるのだから……。
――この時まで、僕は気付かなかったのである。
食事から、徐々に徐々に、発情期抑制薬を抜かれていて、今は、全く入っていないという事実に。これに気づくと同時に、僕は絶望を覚えた。
発情期は、運命の番に出会うと収まり、運命の番がいなければ、二度と来ないと聞いていたのだ。薬は万が一のためのものだという意識だった。発情期が来て初めて、それまでは自分で『運命の番?』と懐疑的だったくせに、突きつけられた亡き家森様が運命の相手では無かったという現実に涙した。そ、そんな……今なお、こんなにも好きなのに!!
しかし現実は残酷であり、家森様は運命の相手では無かったようだし、仮にそうであったとしても、既に没している。その上で、僕の体は、発情期に襲われてしまったのだ。家森様以外となんて、考えるのも嫌なのに、頭の中が、『ヤりたい』の、それ一色に染まっていく。思いっきり突っ込まれたかった。
未亡人になって、もう何年にもなる……元々体は寂しかったのだ……。
体が熱すぎて、僕は倒れた。
――αだらけの、大奥で。
発情期のΩである僕からは、フェロモンじみた香りが広がっているらしく、声を上げたわけでも無いのに、すぐに人集りが出来た。必死で自室に入ろうと扉に手をかける。場所は、部屋の手前の池の前だったのだ。庭から廊下に上がってからが大変だったものの、必死に部屋の畳まで倒れ込んだ。
すると、万が一に備えてβを配置していた部屋子が気づいて、御典医に連絡を取り、部屋を封鎖してくれた。僕は布団の上に向かって、体を抱きしめて熱に耐える。慌てて飛んできた御典医が、発情期抑制薬の中で速効性があるものを僕に投与してくれた。この御典医もβである。部屋には、フェロモンじみた僕から放たれる甘い香りをかき消すために沢山の線香が焚かれた。部屋の外では、発情期に反応しない薬を投与したという護衛の人々が遠隔的に配置されたそうで、僕の部屋の警備も万端らしい。
そのまま三日間――僕は、一人熱に苦しんだ。けれど、誰かと間違いを起こす事は無かった。今後は、お毒見にも気合いを入れると人々に詫びられたが、僕は疑心暗鬼だ……誰が、僕から抑制薬を抜いていったのかすら分からないからである。
そして、僕以外にも、僕の運命の番は家森様では無かったらしいという事実は浮き彫りとなっていた。家森様は哀れまれている。僕に騙されたとして……。稀代の悪Ωとして、僕の名前は広まり始めた……。子供達も可哀想だ……。
僕はどうしたら良いんだろう。子供達には、一体何をしてあげられるんだろう……。もう、何もできる事は無いのかもしれないが、せめて足でまといにはなりたくない……。
――黒船が来航したという知らせを耳にしたのは、そんなある日の事だった。
え? え? え?
い、今からまさかの幕末展開……? と、僕は焦った。確か史実において、黒船は何度か来て、何年かかけての開国だったとなけなしの知識から思い出しながら、僕は江戸城にまで響いてくる大砲の音に、戦慄した。
そういえば、転生トリップ直後は、僕も渡航しようと思っていたのだった気もする。
そうか……海外には、女の人もいるのだったっけ……。
遠い海の向こうでやり直すというのも、ありなのだろうか……。
僕は、現実逃避気味にそんな事を考えた。
中奥において、大奥のメンバー(にいる優秀なα達及び、一応僕も有識者的扱いで過去に表の政を見聞したとして呼ばれた)と、表の政をする人々(派閥等全て超えて、塔崎様から見知らぬαまで。生松も――何より家音も)を含めての、誰もが開催を知っているけれど誰も知らないふりをすると決まった、大会議が開かれる事になった。
この会議で、中と奥の江戸城の精鋭(?)により、黒船への対応が話し合われる事となった……。塔崎様は、「民衆からも意見を募るべき」だと言った。何か歴史の教科書でそういう流れを見た事があるから、僕もそれに同意した。
「水章院様、今は、塔崎様の肩を持っている場合じゃありません!」
しかし勘違いされ、僕はみんなに集中砲火的に罵られた。涙が出そうだった。