2:Ωとは
「いいかよく聞け。Ωとは、最低の人間だ。動物と変わらない。犬猫の方がまだましかもな。三か月に一度、いやしくも発情期が来る。そしてαを惑わせるんだ。取り柄と言えば、男でも子供が産めるくらいか。まぁΩを”母”に持つなんて、可哀想だな。人としての能力も低い下賤な輩だ。どころか、SEXの事しか頭にない、サルも同然だな。それがお前だ、ハルイ」
それを聞いた時、僕は多分、顔面蒼白になったと思う。
「とにかくハルイ、お前はどうせαの子を産むことくらいにしか価値は無いんだ。どころか、優秀なαを惑わして――誘惑する最低の生き物なんだ。今来ている服もそうだ。なるべく姿を周囲に晒さないように、オメガに定められた装束だ。まぁお前みたいな男好きには、丁度いいだろうな。視界に入れる価値も無い」
マナセさんはそういうと、着たままだった僕の上着に手をかけた。同時に彼の陰茎が引き抜かれた。
上着は僕の首までを蔽っていて、大きなフードつきのパーカだ。青と灰色の迷彩柄で、だぼだぼとしている。インナーは濃灰色。落ちているボトムスは黒だ。
深々とフードをかぶるのは、αを外見で誘惑しないためだと、ジッパーを下ろしながら、さらにマナセさんが口にした。
その時、不意に手が止まった。
「おい、この首の痕は何だ?」
「痕?」
自分では見えないからわからない。ただ確かに、鈍く痛む。
――僕は男好きらしいから、キスマークでもついていたのだろうか?
「まぁいい。本当に演技じゃないのか、しばらく様子を見てやる。今度こそ、逃げないように監視してやるから覚悟しておけ」
それから、マナセさんは、日に三度、この地下室にやって来た。
いつもツナタマゴサンドうぃ持ってきてくれる。
時計が無いから、僕は彼の来訪で、かろうじて一日の経過を数えている。それも曖昧になってきたけど。
ただシャワーに入れられるのは、体を重ねる前が多いから、毎日入浴している気がする。
マナセさんは、この時を楽しそうにしている。
「ッ……ぁ……」
泡だらけのバスタブの中で、乳首を撫でるように擦られると、鼻を抜けるような声が出てしまった。
「気持ち良いんだろう? 発情期でもないのに」
確かにそれは事実だった。ただ、最近では何故なのかマナセさんに触られると、胸が騒ぐ。
これが発情期なのだろうか?
「見ているだけでも気持ちが良さそうだからな。元々男好きなんだろうが……βの俺ですら、抱きたくなる。もちろん、性処理のためだけどな」
それから、僕は後ろから突かれて、果てた。
その内に、次第に僕は”マナセさん”ではなく、”マナセ”と呼ぶようになった。
何故なのかはわからないが、地下室で一人待っている間中、マナセの事を考えてしまう。
――時折マナセは笑う。
もっとその表情を見ていたい。しかし中々、笑ってはくれないのだ。
僕は、封を切らないまま、放置しているサンドイッチを見た。
食欲がわかない。
だからどんどんサンドイッチが溜まっていいく。
僕の手にはまっている鎖は、バスタブやトイレの位置まではかろうじて届くのだが、梯子まではたどり着けない。
さて、サンドイッチをどうしよう。これまでは放置していたが、今日はトイレに捨ててしまおうと思った。だって――
「何をする気だ?」
「っ」
そこをマナセに見つかった。険しい顔をして、僕の手首を握っている。
「また一食も食べていないのか?」
「……一つ食べました。ツナサンドを」
「もう少し食べろ。体が持たない。また少し痩せたな」
「いや、その、な、なんだかお腹がいっぱいで」
「――なぜ捨てようとした?」
それは、マナセがこうやって心配(?)してくれるからだ。正直、悪いと思う。
「それに目の下が赤い。また寝ていないのか?」
この質問が来るということは、今は朝か。
「ちょっとは、うとっとしました」
ただこれは、僕の責任じゃないと思う。
何せここは、コンクリートの床で、僕はそこに横たわるしかできないのだ。安眠できるようなベッドはない。それでも実際、何度かは、微睡夢を見た。
首を絞められる夢ばかりだった。
夢の中には、決して逃れる事が出来ない”手”が出てくる。
――思い出してはいけない。絡め取られる。嗚呼、怜悧な緑色の瞳、嘲笑。
何なんだろう?
「っ」
その時、頬に手を当てられて我に返った。
「……少しやつれたな」
マナセの冷たい指先で、顔の右側を撫でられる。
「――医者を呼んだ」
「え?」
聞き返した僕には構わず、マナセは出て行ってしまったのだった。