4:病院にて




検査はすぐに終わり、後は結果を待つことになった。
その間、マナセとヨルノは、何かの手続きに行くらしかった。
僕はどうしたらいいのかと思っていると、ヨルノが小声で、とある病室の番号を教えてくれた。

――行ってみてほしい、君に会いたがっているから。

そう言われた。
向かった病室は5階にある個室だった。
ノックをしてから扉に手をかけると、そこには、ベッドの上で上半身を起こした少年がいた。
僕と同じ歳くらいのような気がする。

「久しぶりハルイ。元気だった? 急に全然来なくなっちゃったから、どうしたのかと思ってたんだよ。あー、けど、顔見られてホっとした」

響いた軽快な声音に、唾液を嚥下した。
彼も僕を知っているようだが、僕は彼を知らない。

「……本当に記憶が無いんだね」

苦笑した少年の、色素の薄い瞳を見る。同色の茶色い髪が揺れていた。

「俺はミナミ。ハルイは俺の事、親友って言ってたけど。うん」

続いた言葉に、僕は目を瞠った。――ミナミ?

「それは僕が殺した相手じゃ――」
「え? 俺はまだ生きてるけど? 確かに次の手術がヤマバみたいだけどね。それよりマナセとどうなった?」
「どうって……? 何が?」
「あんなにマナセのこと好きだったのに、それも忘れちゃったの? あれ、でも今、一緒に住んでるんだよね? お兄ちゃんと」
「お兄ちゃん? 恋人じゃなくて?」
「マナセは俺のお兄ちゃんなんだけど、え、聞いてない? 恋人とかありえないし。俺もマナセもβだから、同性愛は多くないし、何より兄弟だよ?」

――兄弟? 僕は短く息をのんだ。
そして不意に走馬灯のように、脳裏に”記憶”が、その一部が、戻ってきたのを感じた。



――そこは、いつの日彼の、この病室だった。

「ハルイ、またお兄ちゃんのところ行くの?」
「そ。ここに来たのは、そのついでだよ」
「ついでとか酷いな。俺、傷ついたよ」

僕は記憶の中で、ミナミとそんなやり取りをして笑い合っていた。
その時の言葉は、本文本当で半分嘘だった。
本当はその時の僕は、ミナミのお見舞いのためだけに病院を訪れていたけれど、気をつかわせたくなくて、ミナミにはマナセに会いに来たと告げたのだ。
マナセは、病院の近くにある薬局の薬剤師だ。
だから見舞いに来る途中で、ばったりその日は遭遇した。その時に、見舞い後に会う約束をしたのだ。だから、半分だけ本当にもなった。

――理由もきっかけも思い出せないが、マナセの事が大好きだと言うことは思い出した。

僕はマナセに”恋”していたんだ。

僕はマナセの気が引きたくて、いつも自分から押し倒して上にのっていた。
同性に挿入されるのなど初めてだったのに、慣れているふりをして、いつも自分で事前にほぐして、マナセに抱きついていた。

「マナセって、しつこくないから楽でいいよ。遊び相手には最適。次はいつヤる?」

僕は、マナセを相手に、笑顔で堂々とそんなことを言っていた。
本当は緊張で声が震えそうだったし、ただ次回会う約束を取り付けたいだけだったのに。
マナセを前にした時僕は、遊び慣れたふりをしていた。
この国では、βにとっては、同性愛はメジャーじゃない。
同性同士だから、軽いノリの方が、マナセの抵抗感を和らげられるように思っていた気がする。
そしてマナセが僕を抱いてくれたのは、僕だけがミナミに献血できるからに他ならない。
ミナミの事は、純粋に力になりたいと思っていたが、いつも少し悲しかった。



「ハルイ?」

ミナミの声で僕は我に返った。
気づけば僕は泣いていて、涙が頬を濡らしていく。
今現在は悲しいわけじゃないのに、ボロボロと泣いていた。
だから、口元にだけ笑みが浮かんでいる奇妙な表情になってしまった。
――理由なんて本当に全然覚えていないけど、僕はマナセの事が好きだなぁ。大好きだ。嗚呼。今も。

「ごめん、僕帰るね」

ミナミに泣き顔を見せたくなくて、僕は病室から外に出た。
ひきとめる声が聞こえたけど、知らんぷりを決め込んだ。
一度涙をぬぐってから、トイレまで走る。
誰もいなかったので、鏡の前で僕は泣いた。
きつく目を伏せる。
せきを切ったかのように、マナセへの思いが溢れかえった。

「……マナセ……好きだよ……」

両手をきつく握り合わせ、呟いた。
その時だった。

後頭部に強い衝撃がして、僕は意識を失った。