【10】なんでここに正義の味方が……!


次の週末。
悪役モードOFFで、柱に背を預け、私服姿でぼんやりと俺は高田馬場の早稲田口にいた。
普段の休日なら家で菓子作りの練習でもしているところだが、隣の部屋のことが気になりすぎて、家にいる気が起きなかったのだ。蓮二君、昨日は帰ってこなかったみたいだ。
ぼけっと時計台を見上げてから、溜息をついて、今度は地面を見据える。
夏の熱気をアスファルトが反射しているようで、うだるような熱さだ。
ただこうやって周囲の人混みに紛れていると、なんだか、何もかもがどうでも良くなってくる気がして、少しだけ気が楽になる。誰も俺の事なんて目に止めないし、誰も俺に何て気づかないから。


***


――が、実はそれは、藍洲伊織の勘違いだったりした。
勿論認識攪乱魔術は機能しているのだが、何せ、正義の味方が多いこの新宿区である。
魔術を見破る技能を持った、正義の味方組織に所属している人間も、圧倒的に多いのだ。
声をかける者こそ居なかったが、物憂げな表情で地面を見ているアイスを、チラチラと見ている者は多い。本人に自覚はないが、アイスはそれ相応に、顔の作りも良い。その上、比較的≪靴はき猫≫自体が、憎めない悪役として人気だったりするのだ。

「なぁ……あれ、≪長靴を履いた猫≫だよな?」
「ちょ、馬鹿、しぃっ! 静かに!」
「絶対アイスだろアレ……」

ひそひそとそんな会話が交わされ、口に出さない者も、脳裏で似たようなことを考えていたりする。

「っていうかさ、アイスの真正面に……もっとヤバイ人いないかアレ……」

その時誰かが呟いた。
周囲の視線が、その時釘付けになった。
そこには麗しい表情で微笑し、アイスを眺めているクオンの姿があったのだ。

「「「……」」」

何故此処に伝説的な正義の味方が……?
皆同様の疑問を抱いて、周囲を見回したが、周囲に”異邦神”の気配はない。
だから皆遠巻きに、地面を見たままクオンの存在に一切気づいた様子のないアイスと、そんなアイスを楽しそうに眺めているクオンを見守っていた。


***


――はぁ、俺、本当なにをやっているんだろう。
道行く蟻さんの行列を見据えながら、俺は哀しくなってきた。
失恋とは、こんなに哀しいものだったのか。全くもって知らなかった。
監視されていただけなんだもんな。
きっとスコーンとか食べてくれたのも、怪しまれないためにだとか、そう言う配慮だったんだろう。今になって思えば、同僚のユウトすら、笑顔で拒否した代物だったのだから。
それ以上に。
気づけば、こんなにも、胸が苦しくなるほど好きだったんだという事実に気がついて、哀しくなる。どうしてもっと早く、気がつくことが出来なかったんだろう。
「俺、好きだったんだな」
ポツリと呟いていた。
「何がですか?」
すると、不意に声が返ってきた。どこかで聞いた覚えのある声に、驚きながらも、反射的に顔を上げる――そして、俺は硬直した。
そこで笑顔を浮かべていたのは、一橋久遠だったからだ。私服だったが、間違いないだろう。こんな顔面兵器(良い意味で)が、そこいら中にいては困る。
「……え、あ」
何故、何故、何故――……なんでここに正義の味方が……!
「こんにちは、≪長靴を履いた猫≫」
「ひ、ひひ人違いです!」
思わず俺の声は震えた。冷や汗が、ダラダラとこぼれてくる。
「私は、冗談をあまり好みません」
「すいません、本人です。何か御用でしょうか?」
ガクガク震えながら、思わず敬語で俺は言った。我ながら情けない。
というか、何故高田馬場の昼の雑踏に、誰もがうらやむ正義の味方がパッと出てくるんだよ! おかしいだろ! これはあれか、これがあれか、やはり身辺調査――見張られていたと言うことなのだろうか?
「実は、≪ブリキの木こり≫――トーヤのことでお話しが」
「え?」
しかし続いた言葉に虚を突かれて、俺は目を見開いた。
「ここのところ、トーヤに元気がないのです」
白磁の頬に端正な手を添えて、嘆くようにクオンが言った。
「何かあったのか?」
そう言えば昨日も帰ってきていない様子だったのだし。
途端に不安になって、俺は一歩前へと出た。
「蓮二君――……トーヤに何かあったのか? 怪我とかしてるのか?」
「強いて言うならば二日酔い気味でしょうが、健康体ですよ」
「二日酔い……?」
「相当落ち込んでいる様子です」
「何か嫌なことでもあったのか?」
「貴方がそれを言うのですか?」
「っ」
クオンの言葉に思わず顔を背けた。
「別に敵だって、悪役だって、心配くらいしたって良いだろ……」
俺がそう言ってから唇を噛むと、クオンが奇妙な顔をした。
「いえ、そう言う意味ではないのですが。気づいていないのですか?」
「は? 何が?」
「”貴方のせいで”トーヤは落ち込んでいるのです」
「俺のせい……?」
意味が分からなかったので、首を捻るしかない。
もしかして気づいていないだけで、俺は何か、蓮二君に酷いことをしてしまったのだろうか。そう考えると胃がキリキリと痛み始めた。ズーンと頭が重くなってきたので、思わず俯く。泣きそうだ、泣きそうになってきた。
「……これではまるで私が苛めているみたいではありませんか」
その時ポンと、クオンが俺の頭を軽く撫でるように叩いた。
驚いて顔を上げると、溜息混じりに、クオンが目を伏せ首を軽く振っている。
「私は正義の味方なのです。そう、誰にとってもね。勿論、悪役である貴方にとっても、私は味方でありたいのです」
「――は?」
「貴方は、どうやら、トーヤのことが好きであるようですね」
「なッ」
初めて他者から指摘されたその事実に、俺はあからさまに赤面した。
ユウトにすら話してはいない、学校の友人であるヤヒロにだって当然話していない。当然思い人当人の、蓮二君にだって言うわけはない。それを何故、何故、何故クオンが知っているのだ? 嫌そんな馬鹿な。知られるはずがない。それこそPSY能力者で、相手の心が読めるとでも言わない限り、知り得ようがない。そしてクオンは、そう言った能力の持ち主ではない。有名人の弊害だな、能力がバレバレなのって。
「変な言いがかりは止せ!!」
確実にからかわれているのだと判断し、俺は叫んだ。
それから余裕たっぷりな笑顔を無理矢理取り繕う。
「この俺が、≪ブリキの木こり≫ごときに惚れるわけがないだろうがッ!」
「ほぅ」
すると俺の言葉に、クオンが腕を組んだ。
「では、貴方は誰とでもキスするのですね?」
ニコニコと微笑しながらそう言ったクオンの周囲に、威圧感が漏れた気がした。
咄嗟に俺は悪役モードをONにする。
そして常人よりも絶対的に早く飛び退いたというのに、変身すらしていないクオンは、余裕で俺に詰め寄った。
「っ」
俺の顎を掴む。その痛みに、息を飲み、何とか逃れようと背をのけぞらせた。
そうしていると、クオンが≪能無しカカシ≫のスタイルになった。
「ならば当然私ともキスできると言うことですか」
「は?」
「寧ろ美しさでは他に追随を許さないこの私が、キスして差し上げると言っているのです」
「え、ちょ」
あからさまに近づいてきた端正な唇を見て、慌てて俺は、両手を自分の唇の前にもってきてガードした。いくら綺麗であっても、だ。男とキスなんてお断りだ! 蓮二くんは別だけどな! 別だけどな……、そうか、別だったんだ……。
「さっさと手をどけなさい」
「断る」
「何故です?」
「する理由が無いからだよ」
俺は必死で言い訳を考えてそう答えた。
「いくら悪役ではあっても、一般市民を虐殺するような嗜好は持ち合わせていないんだ。あの時、市民を守るに最善の手段が、そ、その……≪ブリキの木こり≫とキスすることだっただけで、意味なんて他にはない。今お前とキスすることにも、何のメリットもないだろ」
「そうでしょうか? 私は、日夜、私とキスしたいと言ってくるファンが大勢いるので、私とキスする機会を得るなんて、大変幸運なことで、多大なるメリットがあると思いますが」
「いやいやいやナルシストも大概にしろよ!」
「第一、貴方の理屈には穴があります。確かにあの時、≪イカサマビハインド≫を使えることがはっきりと知られていたのは、トーヤだけかもしれません。しかしながら、トーヤの使用可能スキルなど、≪Oz≫の内部でしかあかされていませんでした。特にあれほど強力な魔術であり、コレまでに公の場で使用していないものなのですから。要するに、貴方には、トーヤが≪イカサマビハインド≫を使用できると知る術など無かったのです。だとすれば、単純に、オロボスの魔術師の内で力の強い者へと魔力を供給したと言うことになります。ですが、それは果たしてトーヤである必要があったのでしょうか? 本当に市民を守りたいという理由だけだったのならば、トーヤに唇を奪われる前に、あの時そこいら中にいたオロボスの魔術師に口づけして回れば良かったのではありませんか?」
つらつらとクオンに言われ、俺は言葉を失った。
確かにその通りなのかも知れない。
「――って、待て。だけどな、それと、今お前とキスするのは全く別の問題だから、とりあえず離せ!」
「貴方が、トーヤを好きだと認めるならば」
「何で認めなきゃならないんだ!」
「私は友達思いなのです」
「正義の味方なら、敵の心境も慮れよ!」
俺がそう叫んだ時の事だった。
不意に周囲に地鳴りがした。
ゴゴゴゴゴゴゴと不吉な音が響いてくる。向かい合ったまま、俺とクオンは、見開いた目を合わせた。
「……? なんでしょう」
首を傾げつつも空気を読み、クオンが手を離してくれたので、俺は距離を取って地に足を着く。
「地震、って感じじゃないな」
俺が呟いた直後、ピィィィィィィィィィィィィィィィと、高い電子音が響き渡った。

「≪限界範囲指定:対象:聖書光術アーカイブ:奇跡恩恵移動封印結界≫」

そして、つい先日耳にしたのとよく似た、電子音声が響いてきた。
このまえ≪ラグナロク≫のオンライン放送で、【ロキ】が、これは≪30A≫の人工マザーの声だと言っていたから、多分今回も、≪30A≫の仕業なのだろう。
しかしおかしな話しだ。
≪30A≫は、オロボスの魔術師(というか≪ブリキの木こり≫のトーヤ)を狙っているらしいのに、此処に蓮二君はいない。
そもそも音声を聞いた限り、今回力を封じられたのは、明らかに≪能無しカカシ≫であるクオンだ。不思議だなと首を捻ってから、クオンへと視線を向けた。
俺とクオンの周囲からは、それまで雑踏を形成していた人々が、蜘蛛の子を散らすように避難して行っている。
「――妙ですね。私狙いなようですが」
「まぁお前、恨まれてそうだしな」
「失礼ですね、≪長靴を履いた猫≫」
「いやだってさ、うちの総帥なんて、お前を倒すために≪靴はき猫≫作ったわけだし」
「花音叔父様のことは何とも言えませんが……まぁ、ロキよりは、たちが悪くないので良いでしょう」
「へ? ロキって、あの、≪ラグナロク≫の【ロキ】か?」
「ええ。一橋露樹は、私の甥です。花音叔父様の長男ですよ」
「は!?」
知らなかった事実に、俺は目を見開いた。
「花音叔父様は亡くなった私の母のことが好きだったそうですが、露樹は私の顔が好きだそうです。まさに血筋ですね。似なくて良かったのは、私の父は花音叔父様を好きだったそうなのですが、私は叔父様に魅力を感じません」
「ふ、ふぅん」
なんとも複雑な一橋家だなと俺は思った。
「しかし弱りましたね。聖書光術アーカイブが使えないとなれば、私は少しだけPSYが使える武道を習ったことのある一般人レベルの力しかありません」
「え? お前、PSYも使えるのか? PK? ESP?」
ESPだったらそれこそ、俺の心の内側を読める可能性があるので、本当に好きだと確信されている可能性があるので焦った。
PSY――超能力は、大別すると、念力などと呼ばれるPKと、テレパシーやサイコメトリーを含むESP能力の二つに分かれるのだ。
「PKです。ヤヒロと同じです。母方がPSYの家系なのです。私の伯母が、ヤヒロの母です」
良かった、と言うことは、やはり俺の恋心はバレていない。
そうだったのかぁと俺が納得した時、正面の地面から、天へと向かって土製らしき恐竜のようなものが出現した。”異邦神”だ。首が八つある。通称、というか、恐らく本物の”八岐大蛇”だ。平行世界との往来が可能になり様々な神話が今では研究し直されている。その中でも、記紀――日本古来の神話などは、再研究されているものが多い。これまではなんらかの象徴だと考えられてきた存在も、過去に本当に異世界に通じていて怪物が来ていたのではないのかと研究されるようになってきたわけだ。その代表格とも言われるのが、この、首が八つある恐竜のような”異邦神”である。
「弱りましたね、コレは……特務級の魔物ではありませんか」
「他の正義の味方の到着を待ちつつ、避難誘導するか」
俺は避難誘導になれているのでそう言った。
だが、スッと眼を細めたクオンが顔を背ける。
「貴方は聞いていなかったのですか?」
「へ? 何が?」
「先ほどの音声は、『奇跡恩恵移動封印結界』と言っていましたね」
「ああ」
「恩恵移動封印は、魔術流派にかかわらず、聖書光術アーカイブの使い手以外は、外へは出られるが中に入ることが不可能となる結界です」
「そうなのか?」
「ええ。第一、避難誘導するまでもなく、既に皆逃げています」
クオンの言葉に周囲を見渡せば、残っているのは、俺とクオンだけだった。
確かに、聖書光術アーカイブの使い手は、こと日本に限ってはごく少数だから、この場にクオンしか残らなくてもおかしくはない。
「避難誘導の必要もない上、誰もこの中には、入ってこられないのです」
「そ、そうなのか」
「ですから貴方も速くお逃げなさい」
「え?」
驚いて俺は顔を上げた。
今ここには俺達二人しかいない上、クオンは、いつもの力が使えないと言っているのに、だ。一人で此処にクオンを残したとして――いくらクオンが最強の力の持ち主とはいえ、持ちこたえられるものなのだろうか?
「私なら、平気です」
「平気って……」
「私が何より嫌なことは、友達を悲しませることなのです。だから、早く」
「俺とお前って、友達なの?」
「残念ながら貴方のことではありません。貴方が傷つくことを悲しむだろう友人が私にはいるという意味です」
ヤヒロのことだろうか?
首を傾げたものの、思わず俺は溜息をついた。
「俺、お前と気が合うとは思わないけど、同じ気持ちだ。俺にも、お前が傷ついたら悲しむだろうって言う友達とか……知人とかいるから」
ヤヒロと……何より、蓮二君の顔を思い浮かべてしまった。
「はっきり言います、貴方がいても、ただの足手まといです」
「俺の実力も知らないくせに、良く言うよ」
まぁ見せたこと等無いのだから当然ではあるのだが、思わず肩を竦めて俺は苦笑した。
扉の閉鎖を掲げた≪青薔薇戦争≫以降、俺は、たったの一度も本気で戦ったことなど無い。だが元々は俺も、戦略魔術師だったのだ。
アマイモンの魔術師には、二種類がいる。
一つは、ただアマイモンの一族に生まれただけで、戦闘なんかせず、アスモデウス他を使役したり、例えばオロボスの一族に魔力を供給したりする魔術師だ。
そしてもう一つ。コレが嘗て三強と呼ばれた所以でもある。
アマイモンには、攻撃魔術に特化した、戦略型の魔術師がいるのだ。
例えば俺だ。
他者に供給したりするのではなく、己の魔力を糧に、攻撃魔術を放つ、戦略魔術師である。この、”本物”の地球は日本から≪青薔薇戦争≫に参戦した、魔術師だ。
輝星アヴィオール
俺が久方ぶりに杖の名を呼ぶと、宙が歪み、掌にしっくり来る椚で出来た杖の柄が現れた。他の部分は水晶を削りだしたもので、俺の身長よりも高い杖は、先端で幾何学模様を内包した円を描いている。そこに、不規則に英数字が並んでいる。散りばめられている宝石が、夏の陽の光を反射して煌めいていた。
「その杖は、まさか”梟”の――」
何度か握り持ち手を確かめていると、クオンの呟きが耳に入る。
だがすぐに忘れて、俺はそれを二時の方向に薙ぐように、勢いよく右横に振った。
瞬間”八岐大蛇”は硝子のように変わり、パリンと割れて砕け散った。
「どうだよ? 俺の実力」
クオンに振り返り、俺は笑って見せた。
それから縦に杖を地に着き、口の中で呪文を紡ぐ。
それで≪30A≫が張っていた結界も、砕けて消えた。
――結構俺、強くない?
なんだか自慢げな気分になってくる。
「有難うございます。助かりました」
クオンが俺の正面に立ってそう言った。本当、気分が良いな!

「クオン!!」

そこに声が響いてきた。俺は、ハッとして息を飲んだ。後ろを振り返ることが出来ない。
だってその声が、蓮二君のものだと分かったからだ。
聞き間違えるはずなんか無い。
硬直した体のまま、杖をしっかりと握りしめて、俯いた。
「トーヤ、大丈夫です。≪長靴を履いた猫≫のおかげで助かりました」
「……」
「心配させんなよ!!」
ヤヒロの声も響いてくる。
俺は表情を失って、どうすれば良いのか困惑していた。
「お疲れ」
すると、いつの間にやってきたのか≪鼠(魔王)≫であるユウトが声をかけてくれた。
肩を叩かれた瞬間、力が抜けそうになるが、足に力を込めて踏みとどまる。
「この程度、何と言うこともないな! 全く≪Oz≫は不甲斐ない!」
笑ってみたが、明らかにわざとらしくなってしまったのが自分でも分かって、ちょっとだけ胸が苦しくなった。
「アイス……」
何か言いたそうに、ユウトが俺の名を呼んだ。
「帰るぞ、≪鼠(魔王)≫」
しかし気にしないフリをして、そしてトーヤ君を見なくて済むようにしながら、俺はそう告げた。

「んー、それは無いよねぇ、”梟”。あ、今は≪靴はき猫≫の幹部、≪長靴を履いた猫≫のアイスかぁ。ちょっとお話ししようよ、久しぶりに本気出したんだからさぁ」

だがその時声がした。
シロクロの声だと咄嗟に判断した。たった一人きりしかいない正義の味方組織、≪Mr.魔法少女≫のシロクロの声だ。召喚魔術師として特務級魔術師の資格を取った、たった一人の日本人。――嘗て、俺は、忌々しくも助けられたことがある。
驚いて顔を上げた俺は――……見てしまった。青空から、振ってくる、コーンフレークを。
目を見開く。
酸素が喉に張り付いたようになり、呼吸が出来なくなって、藻掻いた。息が苦しい。

「アイス!!」

誰かが俺の名前を呼んだ。

「アイス――っ、伊織さん!!」

あ、トーヤの、蓮二君の声だと、俺はやっと分かった。
しかしその時には既に俺の体は平衡感覚を失っていて、次に気がついたときは、蓮二君の腕の中にいた。
虚ろな瞳で見上げれば、必死に何かを蓮二君が叫んでいたけれど、俺の聴覚は、音を拾うのを拒否しているらしく、何も聞こえなかった。
瞼が酷く重かった。

そのまま俺は、意識を失った。