04
「そうだ、食事に行くんだったな。何が食べたいんだ?」
直衛の声で我に返った。そんなことはすっかりと忘れていたからだ。
事態が衝撃的すぎて、理解が追いつかないのである。
「どんなシェフでも呼ぶ」
「え?」
「せっかくお前の部屋に入れたんだ。外には出たくない」
顎に手を添え、直衛がじっと僕を見た。本当に肉食動物を彷彿とさせる。
しかし僕の部屋のキッチンは2畳で少し広いとは思うが……シェフ?
ここへ呼ぶ? この簡素な部屋にシェフ!?
「や、やっぱり僕は後でカップラーメンを食べるので平気です」
「カップラーメン……憧れのカップラーメン……生で見られるとは」
「へ?」
「いつも美味しそうに食べている姿にそそられている。ぜひ見せてくれ、生で。俺は人生で一度も食べたことがないんだ」
食べたことがないのは当然かもしれない。きっと直衛なら行列ができるようなラーメン屋さんの店主も呼び出せるだろう。だが、そそられるというのが解せない。
「今回は何味にするんだ? お前はカレー味が好きなんだよな?」
「……はい」
なんで知っているのかは愚問だろう。監視カメラの映像に違いない。
しかしカレー味は先ほど食べた。ここは、普通のヌードルにしようかな。あれ、これってしょうゆ味っていうんだろうか。
「普通のを。あ、でも、もうちょっとしてから……」
「そうか。生カップラーメンを楽しみにしている」
生麺は高いので買えないが、そういうことではないだろう……。
「それまでの間、抱きしめてもいいか?」
「――はい?」
直衛が立ち上がった。そして呆然と見上げていた僕の背後に回る。
直後ギュッと抱きしめられた。
体温が低そうだと勝手に思っていたのだが(血が凍っていそうだから)、思いの外暖かい。だなんて、考えている場合ではなかった。僕は腕の中で硬直した。
「はな、離してください!」
「また敬語になっている」
「離せって!」
律儀に言い直した自分を不思議に思う。しかしこの体勢は明らかにおかしい。
「嫌がられると萌えるな」
「は?」
「ずっとこうしたかったんだ」
直衛も萌えなんていう単語を知っているのか。いや、問題はそこじゃない。
「照れ無くていい」
「いや、照れてるとかじゃないから!」
「俺には分かる」
どこがだ。断じて僕は照れていない。困惑しているのだ。驚愕もしている。
「全てカメラに映っているぞ」
「!」
「これでお前が俺のものだと皆に知らせられるな、晴佳」
ちょ、ちょっと待ってほしい。冗談ではない。直衛は、僕が彼の愛人になったといいたいのだろうか? そんな気は全くない。断じてない。僕は悲しいことにあまりモテないが、女の子が好きだ。根本的に、何か間違っている。決定的に間違っている。
しかし直衛は照れ臭そうに吐息して、僕の下の名前を呼んだ……。
いたたまれない。
けれどここに来てカメラの存在を意識した僕は、全力でもがいた。
するとより一層腕に力がこもった。
「初めてなんだな?」
「当たり前だよ!」
男に抱きしめられる経験などない。あってたまるか!
それこそ冗談で抱きつかれたことくらいならばあるが、直衛の腕のぬくもりは、それとは違う。
「お前の初めては、全て俺がもらう」
これ以上何を初体験するというのだ。どんな宣言だ。
「とにかく離して!」
「嫌だ」
「なんでこんなことするんですか!」
「お前が好きだからだ。お前を抱きしめているところを見せびらかしたい。お前が俺のものだと知らしめたい。そういう自己顕示欲はある」
ギュッと腕に力を込められ、耳元でまっすぐに告白された。思わず赤面したのは、仕方がないと思う。こんな台詞、きっと二度と今後の人生で聞くことはないだろう。
「お前の望みならなんでも叶えてやる。だから俺のものになれ」
ゾクリとする声で言われた。耳に吐息が触れる。僕はガチガチに緊張してしまった。
「奨学生って……みんなこんな感じなんですか……? 扱い」
「いいや、お前は特別だ。なにせ俺に愛された」
「いや本当ちょっと待って。僕は色々教えてくれるっていうから部屋に入れただけで……」
「体で教える」
「だからいい加減にしてくれ! はーなーせー!」
「……名残惜しいが、嫌われては元もこうもないからな……」
直衛はため息をつくと、僕を開放してくれた。ため息をつきたいのは僕の方である。しかし動悸が激しくて、息が上がってしまい、それどころではない。