05


「それにしても奨学生の扱いか。それは者によって天と地ほど違う」
「どういう事?」
「自分から寵愛を受けるために誘ってくる人間がダントツで多い」
「え」
「お前くらいだぞ。自分から何もしないのは」
「そんな……じゃあ奨学金の上乗せって……」
「言葉は悪いが買春のようなものだな。ただし決定的に違うのは、俺には愛があるという事だ。無論心なく、奨学生を性処理に使っている人間も大勢いるが、お前に限っては、三澄の名を使っても、そんな事はさせない。現に使っているし、誰もお前には卑猥な声はかけないだろう?」
「……」
「お前は俺が守る」
「どうして僕を……?」
「はじめは視聴になど一切興味がなかった。ただ、入学前課題で唯一俺よりも優秀な評価を受けた学生がいると内々に聞いて興味を持ったんだ。そして一目見てみたら、後はもう惚れてしまったんだ。見れば見るほど惚れていく。様々な表情を見たいと思った。とにかく話がしたくなって、お前が他の誰かと話すのを見れば、それが挨拶でも嫉妬した。これを恋と呼ばずになんと呼べばいいんだ? まぎれもない恋だ。いいや、愛だ。愛しているんだ。俺の愛人になってくれ」

 あっけにとられながら、僕は直衛を見上げた。最近、誰も僕に挨拶を返してくれないのだが……え。

「端的に言えば外見と行動が好みなんだ。性格は……これからもっと知っていきたい」

 直衛が視線をそらし、照れるような表情をした。愛? だとすれば……重すぎる。
 そもそも直衛は自分の知らない庶民の世界を見て、毛色が変わった犬のように思っているだけではないのか? うん、きっとそうだ。

 しかし直衛は期待に満ちた瞳で僕を見ている……。

「もう一度いう。好きだ。俺の愛人になってくれ」
「……ま、まずはお友達から……」
「初々しいそういうところもいいな……この俺の告白にそんな答えを返すなんて」

 いやいやいや同性だし。どこからくるのだ、その自信は……。

「だったら明日からは一緒に講義に出て、ともにランチを取ろう」
「……はい」
「また敬語になっているぞ――さて、そろそろ生カップラーメンを見せてくれ」

 なんだか気が遠くなりそうだった。

 生カップラーメンの後、生シャワー生シャワーと煩かった直衛に帰ってもらった……。
 そして本日。

「絶対一緒に講義を受けような」

 と、昨日念押しされた僕は、右手で額を抑えた。
 頷いたのだ、確かに。
 だがよく考えてみれば、直衛と二人ではなく、直衛の取り巻きも含めた大勢での講義受講となる。直衛の集団は目立つ。僕はいつも教室の片隅で、ルーズリーフをめくっている(時よりかは大半が考え事をしてさぼっている)ので、寝覚めから気が重かった。

 ジャージから私服に着替えて、指先でキーホルダーを回す。

 大学に行きたくない。しかし、今日は出席重視の講義がある。
 思わず溜息を零してから、僕はスニーカーを履いた。
 そして扉を開けて――……硬直した。

「お迎えにあがりました、泉水様」

 そこには直衛の秘書(多分)の姿があった。え。何故?
 きっちりとスーツを着た秘書さんは、片手で僕を促しながら、階段を下り始める。
 慌てて追いかけると、豪華な車の後部座席を開けられた。中には、当然直衛の姿がある。

「え、ちょ、ちょっとあの?」
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「また敬語になっているぞ」

 直衛はそう言うと……心底嬉しそうに笑った。笑った……!
 幸福でならないと言ったようなにやけきった顔に代わり、僕は言葉を失った。

 通常の肉食獣じみた表情が、それこそ花が咲いたように変わったのだ。元が端正だから絵にはなるのだが、そのなんと表すればいいのか、にやけっぷりが……直感的に、にやけていると分かる笑みが、あの、ええと、気持ち悪かった。

「乗れ」
「……」
「今日から毎朝一緒に通学しよう」

 まぁバス代の節約にはなる(定期だけど)。だなんて冷静に考えつつ、乗らなければ行けない空気に、僕は車内に入った。直衛の隣に座り、改めて彼をまじまじと見る。

「何か良いことでもあったの?」
「――何?」

 率直に僕が聞くと、直衛が虚をつかれたような顔をした。
 いくらなんでもここまで嬉しそうな顔をしている理由は、何かあると思うのだ……いかにも、僕と話が出来て嬉しいみたいなタイミングだったが、それだけでここまで表情が崩れるとは思えない(思いたくない)。

「どうしてそう思うんだ?」
「……な、なんとなくかな」

 まさか顔が気持ち悪いだなんて、人を傷つけてしまう言葉を僕は放てない。思う分には良いのかと言われたら微妙ではあるが、そう感じてしまったのだ……。

「実は今朝、関連会社の経営を一つ任されたんだ。これから、忙しくなる」

 その言葉に僕はホッとした。と、同時に直衛を見直した。誇らしそうにそれから、直衛が仕事について語り出したからだ。そもそも大学生は会社の経営をしないと思うし、僕らは文学部に在学しているのだが、まぁいい。社長が皆経済学部の出身というわけではないし。しかし余程嬉しいのだろう、直衛のこちらを見る目がキラキラと輝いていた。

「その分、お前という癒しがこれからは側にいてくれると思うと、ひとしおだ」
「……え?」

 途中からよく聞いていなかった僕は、眩しい笑顔を向けられて、曖昧に笑った。

「常に共にいてくれ」
「いや、それはちょっと、ははは」

 僕は笑顔で断った。無理なことは無理だと言っていかなければならない場面は、今後社会に出てからもっと増えると僕は思う。

 すると直衛が短く息を飲んでから、僕をのぞき込んできた。

「俺と一緒にいるのは嫌か? いや、それはないか」
「ははは」
「所で、昨日の講義のレポートは、また〆切ギリギリに書くのか?」
「あー」
「昨日別れた後もずっとお前の部屋を見ていたが、やっていた形跡がない。どうして直前になってこなすのに成績が良いんだ?」
「僕、後書きだけ読んで、読書感想文を書くのが得意だったんだ。昔から。何の自慢にもならないけど……だけど、まだ前期の成績発表もまだなのに、僕の成績が良いってどうして……?」
「ああ、まぁ、な」

 直衛が視線を逸らした。もしや僕の成績までもが閲覧対象なのだろうか……。それとも直衛だけが知っているのだろうか。どちらにしろこの反応、直衛は何らかの手段で僕の成績を知っていると思って間違い無いだろう。まぁ、な、って……。

 前向きに考えよう……きっと、僕は成績が良いのだろう。

 その後車は大学に着いた。バスよりも断然速いし、楽だった。

 二人で長い階段を上りながら、僕達は世間話をした。今日は良い天気だなだとか、それこそニュースの話しをしたりだとか。幸い言葉に詰まることはなく、その点では僕は昨日とは異なり安堵していた。

 あとは教室を目指すだけだった。