09



 僕は、恥ずかしくて、しばらく直衛の顔が見られなかった。
 現在、直衛はシャワーを浴びに行っている。

 どうしていいのか分からず、とりあえず僕はシーツをかぶった。
 ちらりと天井を見る。そこには、無情にも監視カメラがある。
 思わずため息をついた時、直衛が戻ってきた。

「大丈夫か?」
「……」
「実は、明日からしばらく仕事で講義後に会社に行くんだ。だから、今日、どうしても欲しかったんだ――進展が」
「そうですか……」
「怒っているのか?」
「……」

 僕は何も言わなかった。怒っているのか、と、言われるとわからない。ただし、否定する気にもなれなかった。


 さて、この翌日から、直衛と僕は、昼食を一緒に取った後は、別行動となった。
 僕に平穏が戻ってきた。
 大学のベンチで一休みしながら、夏の日光を見上げる。蝉の声が聞こえた。

 そうしながら、素早く周囲を一瞥した。
 すると――こちらを見ていた人々が、あからさまに顔を背けた。
 集団ではない。通行人やそれとなく立ち止まっている人が、僕をちらちら見ているのだ。

 彼らは――おそらく、視聴者だ。

 僕は恥ずかしかった。なにせ、イき顔を披露してしまったのだ。
 直衛は一体何を考えているのだ。僕は泣きそうだ。
 これらの視線を向けられるたびに、僕は直衛のことを思い出していた。

 ――思い出すのは、フェラの快楽もある。
 直衛の端正な顔と、巧みな舌使い、それが脳裏をよぎっては消えていくのだ。
 すると、ジンと腰に何かが響く。

 僕の体は、あの一件以来、熱くなるようになっていた。
 それまでの一人の時は、あまり意識したことがなかった。
 だが、最近ははっきりと思う。自慰がしたい。出したい。

 けれど、家には、ベッドの上にも、トイレにも、シャワールームにも監視カメラがあるのだ。以前は、春から夏まで一度もしていなかったから、特に問題はなかった。おそらく僕は、元々は淡白なのだ。だが今は――直衛の口を思い出してしまう。男同士だというのに。思わずため息が漏れた。

 僕は、家で自慰をして、それを不特定多数に見られるなんて、嫌だ。
 だが、体の熱を持て余している。
 悩んだ末……僕は、大学のトイレに向かった。

「んっ、ふ……」

 息を押し殺し、トイレの個室で、僕は陰茎を握った。
 早く済ませようと、下衣をおろして、右手を動かす。
 だが、どうしても自分の手の慣れない動きよりも、直衛の口の上手かった感覚がよみがえってきて、それが無性に羞恥を煽った。イきそうなのだが、決定的な快楽が足りない。

 そんなことを考えていた時だった。

『晴佳?』

 不意に直衛の声がしたものだから、僕は硬直してしまった。

『さきほどここに入っていくのが見えた。だが出てこないから心配していた。大丈夫か? 気分でも悪いのか?』
「……」
『荒い息が聞こえた』
「!」

 それを聞いた瞬間、なぜなのか全身が熱くなった。もちろん羞恥でなのは分かるのだが――直衛の声が、直衛の口の感触を思い出させたのだ。一気に僕は果てそうになった。

『大丈夫なら、早く出てきてくれ』
「……」
『そうできないほど具合が悪いんなら、そのままで良い。合鍵を用意してきたから、こちらで開ける』
「っ」

 僕は硬直した。手で陰茎を握ったまま、その声を聞いていた。
 咄嗟に、大丈夫だと言おうとした。
 だがその時には――無情にも扉が開いた。

「晴佳、大丈夫か――……っ」
「閉めて」

 直衛が僕を見て目を見開いた。涙ぐみながら僕は言った。
 すると直衛は扉を閉めたのだが――直衛も中に入ってきた。え。

「で、出てって!」

 下半身を丸出しのまま、僕は立ち上がった。
 押し出そうとしたのだが、その時には、直衛が鍵をかけていた。

「何をしていたんだ?」
「み、見ればわかるだろ……」
「ああ、そうだな」
「……」
「溜まっていたのか?」
「……うん」

 淡々と聞かれ、僕は仕方がなく頷いた。我ながら、小さすぎる声だった。
 立ち上がったものの、どうしていいかわからない。
 座り込みたくなったが、トイレの床に座る勇気もない。

 ――壁に押し付けられたのは、その時だった。

「っ、直衛!?」

 驚いていると、陰茎を握られた。思わず俺は、両手を壁についた。
 すると俺の背中に体重をかけるようにして、身動きを封じてから、直衛が手を激しく動かし始めた。

「ぁ、やっ」
「本当か?」
「ふっ」

 もう一方の手では、服の上から乳首を強めにつままれた。
 耳を噛まれて、僕は震えた。
 全身が、求めていた快楽に悲鳴を上げる。気持ち良かった。

「俺以外が来ていたらどうなっていたことか」
「っ、ぁ、あ」
「どうしてこんなところで?」

 直衛が僕の耳元で囁いた。気づくと僕は素直に答えていた。

「家、っ、カメラあるから、恥ずかしくて……一人でなんて……」

 すると直衛が僕の首筋に吸い付いた。それにピクンとしていたら、直衛が言った。

「一人だと恥ずかしいのか」
「へ?」
「なら、二人なら恥ずかしくないだろう?」
「え?」
「もっと良くしてやるから」
「……」

 僕は瞬時に真っ赤になった。直衛が手を止める。
 体が解放を求めていて、腰が震える。出したい。もっと気持ちよくなりたい。
 そう思って直衛を見た。
 ――二人なら?

 僕は多分その時、早く出したくて、正常な判断ができなかったんだと思う。
 それから僕達は、直衛の秘書さんの車で、僕の家へと向かった。
 後で冷静に考えれば、カメラのない場所に行けば良かったというのに。

「あ、ああっ、う」

 部屋に入ると、直衛に服を強引に向かれた。
 だが、その刺激さえ、熱くなった肌には気持ちよかった。
 もつれ合うようにしてベッドに向かい、僕はすぐに全裸にされた。
 直衛も上を脱ぐ。

 直衛は僕の乳首を唇で挟んだ。噛み切られる気がして体を固くしたが、そんなことはなく、逆にちろちろと舌先で乳首を嬲られて、僕は悶えた。

 右手では陰茎を激しくしごかれ、左手は僕の太ももを持ち上げていた。
 口を離してから直衛は、今度は陰茎を舐めた。
 僕は、以前に体験したことを自然と思い出して、期待した。

「晴佳」
「ぁ……」
「お前にもして欲しい」
「え?」
「口で」

 響いた直衛の声に、僕は目を見開いた。息を呑み込む。
 その言葉の意味を理解するのに、少しの時間を要した。

「そうしたら――死ぬほど気持ちよくしてやるから」

 そして続いた声に――僕は陥落したのだった。