【八】






 その後、流れるようにして、槙永は青辻の車で帰路へとつかされた。帰り際、常盤には、『嫌なら断るように』と笑われて、言葉を失ったものである。

 到着した一軒家の正面に停車し、槙永が降りてから、青辻が車に鍵をかけた。

「念の為改めて聞くが、入っても良いか?」
「は、はい……」

 規則には、部外者の立ち入り禁止等は無い。鍵を開けた槙永は、家の中へと青辻を促した。

 二人で中に入ると、扉が閉まってすぐに、槙永は横から抱きしめられた。

「意味は、分かってるんだよな? もう逃さないからな」

 軽く手首を握られて、じっと覗き込まれ、槙永は目を見開いた。どんどん近づいてくる青辻の真面目な顔に緊張して、目を閉じる。すると柔らかな感触がして、唇を奪われた。

「その……シャワーを……」
「ダメだ。すぐにでもベッドに行きたい」
「でも」
「なぁ、槙永くん――……和泉」

 その時、掠れた声で、耳元で名前を囁かれ、槙永の理性が陥落した。自分の名前を知られていた事も、呼んでくれた事も、どちらも尋常ではなく嬉しい。

 青辻の事を欲しいのは、槙永も同じだった。

 ――寝台へと移動し、一糸まとわぬ姿になった槙永は、恐る恐る青辻を見上げていた。

 鞄からローションのボトルを取り出した青辻の姿に、慣れていると直感して、槙永は唇を震わせる。

「どうしてそんなの、持ってるんですか?」
「好きな相手を襲おうと思っていて、準備を怠ると思うのか?」
「っ、でも、こんな田舎じゃ売ってない」
「まぁ俺は常備しているが、それも嫉妬か?」
「……」
「安心しろ。一昨日ネットで買ったんだ。常備なんて嘘だよ」

 クスクスと笑った青辻が、ぬめる指を槙永の窄まりへと進める。きつく締まった菊門の襞をなぞるようにしてから、ゆっくりと内部へ、人差し指の第一関節まで進めた。

 慣れない異物感に、槙永がきつく目を閉じる。震えるその睫毛を一瞥してから、青辻は更に第二関節まで指を突き立てた。そして軽く抜き差しを始める。

「っ……ぁ……」
「きついな。辛いか?」
「へ、平気です」
「いつも槙永くんは、『平気』だと言うな。我慢はしなくて良いんだぞ?」
「我慢なんかしてな……っ……」
「じゃあ二本目の指も、大丈夫だな?」

 ローションでドロドロにぬめってはいたが、容赦なく青辻に二本目の指を挿入され、槙永が息を詰める。実際には、緊張で体がガチガチに硬くなっていた。青辻の骨ばった指が、槙永の内壁を押し広げるように動く。そしてかき混ぜるようにしたかと思えば、揃えた指先で、見つけ出した前立腺を的確に嬲る。

「あぁ……」
「その声、やばいな」
「ぁ、あ……ああ……アっ!」
「ここが好きなのか?」
「や、ぁ……ァ……そ、そこは……」
「うん。覚えた」

 激しく前立腺を刺激し、かと思えば解すように指を大きく動かす青辻に、槙永は翻弄された。

 他者と体を重ねるのは、久方ぶりだ。しかも、想い人と寝るのは、人生で初体験である。

 こんな幸せがあって良いのかと、理性は恐怖を訴える。裏切られる恐怖についても、囁いてくる。

 けれど本能は告げる。一度限りでも良いからと、いなくなってしまう遊びの相手とされているのだとしても、良いではないかと。それだけ、既に槙永は青辻に恋をしていた。

「挿れるぞ」

 ゴムの封を破り装着してから、巨大な先端を青辻が槙永の菊門にあてがう。そして雁首までが挿入ってきた時、槙永は背を撓らせた。熱い。触れあっている結合箇所から、熔けてしまいそうな錯覚に陥る。

「あ、あ……ああ……ぁ……」

 槙永が切ない声を零すと、その細い腰を両手で掴み、より深く青辻が陰茎を進めた。押し広げられる感覚に、槙永が両目の端から、生理的な涙を零す。快楽由来の透明な雫が、顔を濡らしていく。

「あ……ぁ……ああ! あ……ァ……んン」
「絡みついてくるな」
「や……好きだ。青辻さんが好き……ああ!」

 青辻の動きが激しさを増す。太ももを持ち上げられて、斜めに貫かれ、槙永が嬌声をあげた。ダイレクトに感じる場所を刺激され、快楽で思考が染めつくされる。

「和泉」
「あ、あ……ああ、ァ……ああ、ダメだ。も、もう出る……っ」
「今日は沢山イくと良い。ただ、忘れるなよ。誰のモノで果てたのか」
「あァ……!」

 直後、一際強く感じる場所を擦り上げるように貫かれ、槙永は放った。
 肩で息をしていると、一度陰茎を引き抜いた青辻が、槙永の体勢を変えさせる。

「俺はまだ足りない」
「ああ……待っ……ア!」

 続いてバックから挿入され、槙永はギュッとシーツを握りしめた。先程とは違う角度から前立腺を刺激された後、奥深く結腸まで、青辻の肉茎が貫く。長く硬い青辻の楔が、深々と槙永を穿つ。

「や、深っ……あああ!」

 その状態で激しく抽挿される内に、槙永は理性を飛ばした。

 快楽しか感じ取れなくなり、力が入らなくなってしまった上半身をシーツに預けると、背中に体重をかけられる。そうして左耳の後ろを、ねっとりと青辻に舐められた。

「可愛いな、和泉は」
「やぁ、ア……ああああ!」

 そのままググっと感じる場所を深く押し上げられて、槙永は再び達した。涙を流しながらぐったりとベッドに体を預ける。するとこちらもまた放った青辻が、陰茎を引き抜き、隣に寝そべって、槙永の体を抱き寄せた。

「大切にする」

 青辻がそう囁いたのを聞いた直後、槙永は意識を落とすように眠ってしまったのだった。

 ――次に目を覚ました時、槙永は青辻に抱き枕のようにされて眠っていた。
 ぼんやりとした思考を、瞬きをしながら清明にしようと心がける。

「おはよう、和泉」

 少し掠れた声で青辻に名前を呼ばれ、槙永は一気に覚醒した。そして裸体の己を自覚し、ギュッと目を閉じ赤面した。

 SEXしてしまった。期待していなかったわけではないが、少し前までは、二度とこんな状況に、他者となる事を思い描いていなかった。しかもその相手は、想い人だ。それが何よりも嬉しい。

 思わず青辻の腕から逃れ、壁際を向いて、両手で顔を覆う。無性に気恥ずかしい。

「そんなに可愛い顔をしないでくれ。もう一回欲しくなる」
「……」
「和泉。おいで」

 横たわったままで後ろから抱き寄せられて、槙永は何も言えなくなった。そのうなじを、青辻が舐める。首に触れた吐息にゾクリとした直後、槙永の背筋は再び熱を帯びた。