【九】






 二度目も散々交わった後、お互いにシャワーを浴びた。後に入った槙永が外へと出ると、リビングにいた青辻が、本棚をじっと見ていた。

「本当に、俺の写真を好きでいてくれたんだな」
「あ……」

 並んでいる写真集の存在に気が付き、槙永の頬が熱くなる。

「和泉。写真を撮らせてもらえないか?」
「社宅の風景ですか?」
「違う。和泉の写真が欲しい。俺はそれをもって、次の仕事に行くよ」

 そう述べて微笑した青辻の手には、カメラがあった。硬直し、唾液を嚥下してから、おずおずと槙永が頷く。するとより一層青辻の表情が明るくなった。そしてすぐにカメラを構え、何度か写真を撮った。

 目を丸くして立っていた槙永は、俯きたくなるのを必死で堪え、レンズをじっと眺める。槙永の瞳は真剣で、ファインダー越しに見つめられているような感覚だった。煩いほど鼓動が早くなってしまう。

 槙永のスマートフォンが音を立てたのは、その撮影が一段落した時の事だった。
 慌てて槙永が手に取り、画面を見る。そこには、澤木の名前が表示されていた。
 カメラを下ろして、青辻が頷いたのを見て、槙永は電話に出る。

『槙永さん、大変です! フキが木に登って、落ちちゃったんです。骨が折れてるみたいで、血が出ていて……すぐに動物病院に連れて行った方が良いと思って。今からなら、まだ車なら間に合うので』

 それを聞いて、槙永は時刻を確認した。現在は夕方の四時過ぎで、一番最寄りの動物病院は、七時まで受付をしている。約一時間が移動にかかる先、隣町にある。

 槙永は車を所有していないので、動物病院には田辺が連れていく事が多いのだが、シフトを思い返せばまだ仕事中のはずだ。

『怯えちゃっていて、槙永さんが一緒に行ってくれたら、フキもちょっと安心するかなという話になって、お電話を!』
「そうか、分かった」

 槙永が深刻な顔で頷いた時、電話の声が聞こえていた様子で青辻がそっと手を伸ばし、槙永の肩に触れた。

「俺が車を出そうか?」
「良いんですか?」
「勿論だ」

 その言葉に大きく頷き、槙永は電話越しに澤木へとその旨を伝えた。

 丁度、駅側でも、田辺の妻か澤木の母に車の依頼をしようとしていたらしく、青辻の申し出は幸いだとの事だった。

 こうして急遽、槙永と青辻は車に乗り込み、駅へと向かう。そこにはケージの中で弱弱しく鳴きながら蹲っているフキがいた。

「宜しくお願いします!」
「青辻くんも本当に助かるよ」

 澤木と田辺の双方に声をかけられ、槙永と青辻はそれぞれ頷く。ケージを手に、槙永が助手席に乗り込み、青辻が運転席へと回る。

 こうして動物病院へと向かい、車が出発した。何度もケージの中をじっと見ながら、不安そうに槙永が瞳を揺らす。

「和泉、俺がついている。だから、少し落ち着け」
「俺は、動揺しているように見えますか?」
「泣きそうになっている。俺じゃなく誰が見ても分かる程度に」

 実際、槙永の胸は張り裂けそうだった。
 だが確かに、隣に青辻がいてくれる事は、心強い。

 その後山道を抜け、頂上のトンネルを通り、峠を下った。隣町の動物病院には、既に連絡をしてある。車線は一車線、対向車もほとんどいない。静かな車内では、時折小さくフキが鳴くばかりだ。

 そうして到着した動物病院で、すぐに検査が行われた。

 結果を待っている間、横長の椅子に青辻と並んで座した槙永は、俯いて両手を膝の間に置いていた。その不安そうな槙永の肩を、軽く二度、青辻が叩く。

「元気を出せというのも無理だろうが、俺がきちんとついてる」
「……有難うございます」

 そう答えるのが精一杯だった槙永は、何度も診察室の方を見てしまった。
 検査が終わったのは、それから二十分ほどしての事だった。

「幸い内臓に傷はついていませんが、骨折しています。すぐに手術をした方が良いですね」

 獣医の言葉に、顔面蒼白のまま槙永が頷く。

「麻酔の関係もありますし、今夜は入院した方が良いです。ただ、命に別状はありません」

 励ますように獣医が述べた。

「宜しくお願いします」

 槙永が頭を下げると、隣で青辻もまた頭を下げた。

 こうしてフキを預けて、二人は車に乗り込んだ。ケージは預けてきた為、来た時とは異なり、膝の上に重みはない。それが無性に寂しい。

「治りそうで安心した」

 エンジンをかけた青辻の言葉に、槙永は顔を上げる。

「はい。青辻さんがいてくれて良かったです」
「ただ、考えさせられたな。これは」
「駅舎はありますが、外飼いは何かと危険があって……」
「それもあるが、和泉が辛い時に、いつでも俺はそばにいてやりたくなったよ」

 仮に青辻がずっとそばにいてくれたならば、確かにそれは安心だろうと槙永は思った。しかし青辻には仕事があるし、それは無理な話だ。

 その後二人で深水町まで戻り、青辻に家まで送ってもらった。それから心配していた田辺と澤木にフキの事を連絡してから、翌日の勤務に備えてベッドに入った。