13:学園祭
次の日曜日。
「うわぁ、久しぶりだなぁ」
薫は懐かしい学舎に、笑顔を浮かべていた。
「此処に通っていたのか」
隣でネクタイを緩めながら、浅木が呟いた。見渡す限り、人・人・人。あまり人混みが得意ではない浅木は、首元に当てた手で、金色のロケットを、シャツの上から撫でた。そうしながら、隣を歩く薫に対して、何故なのか申し訳なさを覚えていた。自分の気持ちに決着をつけない限り、新しい恋に前向きになることは、行けないことだと考えていた。
そんな浅木の気持ちなど全く知らないまま、薫はよく知る道を歩いていく。
「あ、高杉先生!」
「本当だ!」
すぐに教育実習中に教え子だった生徒が走り寄ってくる。
「おぅお前ら、久しぶりだな」
いつもよりも明るい薫を一瞥し、浅木は隣で無表情を保つ。
「あれ、あれ? もしかして先生、恋人?」
その言葉に、浅木が咽せそうになる。
――そう見えるのだろうか? 嬉しいと思うのは、罪だろうか?
「違うよ、あのなぁ。お前らとりあえず、仕事に戻れ」
薫は久方ぶりに先生気分でそう告げた。
兎に角薫と浅木の二人連れは人目を惹いた。
真鍋達と合流するまで、もう少しのことである。
「で、何で僕が、真鍋君と一緒に回らなきゃならないのかな?」
「ルカスさんが来たいなんて言うからでしょう」
二人とも笑顔であるというのに、ルカスと真鍋の間にはひんやりとした空気が漂っていた。
突然学園祭に来たいと言いだしたルカスの道案内役として、真鍋はわざわざ一度会社に出社したのである。
いつものローブ姿とは異なるルカスと、外見に非常に気を遣っている真鍋の二人連れも、また薫達とは違った意味で、人目を惹いていた。
薫達の方は、薫がいるため、不審者ではない。勿論、学園内にはいることが出来ているのだから、誰かの縁者であることは間違いないのだが――何せ、彼等の顔を知っているのは、別行動中の二人を除けば、葵と幸輔だけである。現在は、見目の良い父兄目撃情報等々が、学園内を駆けめぐっている状況なのだが、誰の関係者なのか、ルカスと真鍋に関しては、何の情報も入ってこないのだ。それもそのはずで、幸輔に話しかける人は全くと言っていいほど居なかったし、葵はそう言う事柄には疎い。
そんな中二人は、浅木達と待ち合わせをしている、葵と幸輔のクラスへと、何とか辿り着いた。なんでも二人の所属する二年A組は、仮装たこ焼き喫茶であるらしい。仮装した生徒達の手による出し物をくぐり抜けた先にある喫茶店に向かう仕組みだそうだ。
「いらっしゃいませー」
案内係をしている長野治樹が顔を出した。
――随分キラキラしている二人だな。
内心そんなことを治樹が思っていると、ひょいと葵が顔を出した。
「あ、ルカスさん! それに真鍋さんも」
「葵くん、俺がついでみたいに言わないでよ」
「ごめんなさい真鍋さん」
所で何でこの二人はここに来たのだろうかと、葵は笑顔のまま首を傾げた。
「知り合い?」
まさか現在学園中で情報が求められている二人が、葵の知り合いだとは思わず、驚いて治樹が聞いた。
「あ、治樹紹介するね。バイト先のルカスさんと真鍋さん。ええと、こっちは同級生の治樹です」
同級生……その言葉が少し切ないながらも、葵の知人に悪い印象を与えたくなくて、治樹は頷いた。
「はじめまして」
また、『バイト先』と言う言葉が、どうしようもなく治樹には、引っかかっていた。葵のバイト先は、例の『【新着アルバイト】魔術師!(高校生可)』という所であるはずだ。いまだに、幸輔と葵に担がれているのではないかと、治樹は不安になってくるのだ。――実は幸輔と葵は付き合っていて、自分のためにそれを隠しているのではないのかと。
「――同級生、ね。よろしく」
真鍋は、そんな治樹の様子を観察しながら、同級生という語に力を込めて言った。
「そうです。バイト先、の、方ですね」
治樹もまた、バイト先という語に力を込めて応えた。
その時、真鍋と治樹はお互いに察した。
――織田幸輔よりもよっぽど手強いライバルだ!
二人の間に、火花が散る。
「薫達、もう中に入ってますよ。幸輔は、そっちでたこ焼き焼いてます」
「そうなんだ。所で葵くん、何で仕事着なの?」
ルカスが朗らかな笑みを浮かべて、葵に尋ねた。わざわざルカスは私服を購入して此処までやってきたというのに(それが織田の普段の姿を見たいがため、だなんて本人は決して認めない)、葵はいつもの通り、ローブ姿だ。
「此処、中二病妄想喫茶なんです」
「は?」
ルカスが首を傾げると、隣で治樹が咳き込んだ。治樹は、忍者の装束である。
「みんな思い思いの妄想を体現した仮装をしてるのでござる」
慌てて案内係として、治樹はそう取り繕った。
「忍者」
ポツリと真鍋が呟いた。忍者(笑)。
「俺は妄想とかしないから、魔法使いで良いかなぁって」
忍者(笑)、くしくも全く同じ心境で、葵が良い笑顔を浮かべた。
その後、ルカスと真鍋は、二人に誘われて、中二病の世界へと足を踏み入れた。
「……」
あっさりと仮装世界を抜けて、薫と浅木は、既に喫茶スペースにいた。
浅木はかける言葉を失って、たこ焼きを焼いている幸輔を見ている。
――あんなに幼かった我が子の、成長!
そんな心境半分、薫と一緒で楽しいが一割、残るは、その、何というか。
「うわぁ猫耳メイド? やるなぁ織田!」
クスクスと笑いながら薫が声をかけた。
「……」
至極不機嫌そうな顔で、幸輔はたこ焼きを持ってきた。猫耳をつけたメイドがたこ焼きを運んでくると言う何ともシュールな柄が、二人しか客の居ない喫茶スペースにはあった。散々話し合いをサボっていた幸輔は、勝手に、どうせ来ないだろうと思ったクラスメイト達の妄想を存分に押し付けられて、そんな格好をすることになってしまったのである。勿論、「あ?」と声を上げはしたが、笑顔の葵の手により、サクッと仮装させられてしまった(彼は非常に押しに弱かった)。
ちなみに客が薫と浅木だけなのは、皆が此処に辿り着く前に脱落していくからである。ノリノリで仮装をしている面々に様々な難問を突きつけられているからだ。手裏剣を交わし、張りぼての湖を飛び越え、襲い来る敵を撃退することに、二人は普段の仕事故か何の苦痛も感じなかったが、大抵の客は、手裏剣の時点で逃げ帰っていく。
「ぶ、ちょ、なにその格好!!」
そこへ辿り着いた真鍋が、大きな声を放って笑い出した。
「にあわねぇ、やばいヤバイ、ルカスさんもこれはヤバイと思うでしょ!?」
真鍋からそう声をかけられたルカスは、笑顔のまま硬直していた。
――可愛い。
そんな風に思う自分が嫌すぎて、ルカスは気づかれないように片手の拳を握る。
普段とは違う幸輔の一面を見てみたいと思っていたはずなのだが、ふりふりのスカートとガーターベルトを見た瞬間、体が震えた。普段の自分ならば、笑い飛ばしてしかるべきだ、そのはずなのに……!
「ルカスさん?」
真鍋が、異変を感じ取って首を傾げた。
「え、何?」
笑顔を取り繕ったルカスを見て、真鍋は、もしかしてもしかするのだろうかと考える。
――そもそもこういうイベントが嫌いそうなルカスが、こうしてわざわざ私服まで購入してやってくるのだから……なんというか。
このようにして、学園祭は過ぎていったのだった。