16:長野治樹の告白と、発見


家を飛び出した葵は、治樹の家へと向かった。
比較的お泊まり自由の治樹の家には、過去何度か葵も泊まったことがある。
それなりに大きな家だから、客間があるため、過ごしやすいのだ。
「――という訳なんだよ。薫、酷くない?」
散々愚痴って葵が言う。
麦茶を用意しながら、治樹は静かに頷いた。
「だけどそれって、薫先生のことが、誰よりも大事って事でござるな」
「あたりまえだろ。俺には、もう薫しか居ないんだよ?」
「……俺もいるだろ」
その時真面目な口調で、治樹が言った。
「確かに治樹のことは、大切な親友だと思ってるけどさ」
「――親友、か」
「え、違った?」
顔を上げた葵が、首を傾げる。
まだであってそんなに長いわけではなかったが、親密度に時間の長さなんて関係ない。
だから紛れもなく、葵は治樹のことを大切に思っていた。
「葵……」
短く名前を呼び、治樹は、葵の腕を引いた。
体勢を崩した葵が、ソファに倒れ込む。
「そんなに、薫先生のことが大事か?」
「当然だよ」
「俺よりも?」
治樹の言わんとすることがいまいち分からず、葵が瞠目する。
それを眺めながら、治樹は考えていた。
――これが、気持ちを伝える最後の機会なのかも知れないと。
学校でどんなに一緒にいても、葵の私生活には踏み込めない。けれど踏みこみたい。葵の全てを、独占したくてしかたがなかった。
「葵」
「何?」
「俺は、葵のことが好きなんだ」
「? 俺だって治樹のことは好きだけど」
「そういうんじゃない――愛してる」
そう告げ、治樹が唇を近づけた。
反射的にアッパーしながら、葵は思った。
――好き? 愛してる?
そこで、はたと葵は考えた。自分以外の誰かのために、薫が死を選択するのがどうしようも嫌だという事を。これは、もしかして。葵はその時発見した。
「俺――……薫の事が好きだったんだ!」
告白の返事がないまま、葵の双肩に手を置いたまま、その言葉に治樹が目を見開く。
しかし薫のことを、恐らく恋愛対象としてみている自分に気づいた葵は、その発見にテンションが上がった。
「気づかせてくれて有難う、治樹!」
「葵……?」
「ごめん。治樹の気持ちには応えられないけど」
「それって……」
「折れた分、薫のこと、どうしようもなく大切なんだ。きっとそれって、恋みたいな名前をしてるんだと思う」
開眼した葵は、立ち上がった。
「俺、帰るよ」
それは、長野治樹が失恋した瞬間だった。


翌日の浮舟幸町学園のとあるクラスは、ざわめいていた。
明らかに鬱表情の長野治樹、物思いに耽る様子の葵委員長、そして無表情ながらも何かを思案している様子の織田幸輔に、皆の視線が集まっていた。特に織田は、クラスメートからすれば、なんだか怖かった。
――ついに長野がコクって振られたのか。
そんな情報が駆けめぐっている。
態に動きがあったのは、放課後のことだった。
「やばいよ、学祭にきたイケメンが一人で、校門の所にいる」
誰ともないその言葉が、教室に響き渡った。
今夜一緒に食事をする約束をしていた織田が、立ち上がる。学祭の時に漏れ聞いた情報だと、自分の父親だと判明した浅木は、大層人目をひいていたそうだった。
――何で父さんはモテるのに、俺は持てないのだろう。
そんな心境のまま、鞄を手に、幸輔は校門へと向かった。

「待たせた、か?」

おずおずと幸輔が尋ねると、ネクタイを緩めながら浅木が首を振る。
「平気だ。突然、食事に呼び出して悪かったな」
「いえ……」
このようにして彼等は、夕食を食べるために向かうことになったのだった。
向かった先で幸輔は、浅木から、家族の話を耳にすることになったのだった。


一方その頃、一人でバイト先に訪れた葵は、異世界へと移動していた。
「今日は早かったね」
真鍋のその言葉に、葵が苦笑する。
「幸輔が今日休みだし、予定もなかったから」
「葵ちゃんのためになら、俺はいつでも時間を空けるけど」
「そんなことより仕事して下さい」
そんなことを話しながら、二人が寄宿舎の回廊を曲がった時のことだった。

「っ、ふ」

甘いと息をルカスが吐く。
そんなルカスの唇を強引に奪ったのは、騎士団長であるアーネストだった。
「ふざけないで」
直後ルカスの膝が、アーネストの鳩尾にクリティカルヒットした。
そのままルカスは、心底嫌そうな顔で、回廊を歩き去った。
一体何が起きているのかいまいち分からない葵が首を傾げる。
「あれ、一体どういう事ですか?」
「この世界は結構同性愛に寛容なんだよね。それで団長は長いこと、ルカスさんに恋してるから」
真鍋の言葉に、葵が息を飲む。
「片思いが長すぎてこっちから見ていてもじれったいんだよね。ルカスさんて変なところで鈍いから。俺的には、結構お似合いな団長と副団長だと思うんだけどね」
「え、本当にホモ多いの?」
「ああ。推測だけど、真鍋さんもガチホモだし」
その言葉を聞きながら、葵は内心ガッツポーズをした。
――これならば、兄と恋柄になるかも知れない!
なんとかして、兄と恋仲になり、誰よりも大切にされ、大切にしたいと葵は思ったのだった。