17:恋(笑)





浅木は最近何かと大変そうなので、その分も頑張ろうと薫は食堂で気合いを入れていた。
何故なのかここのところ、お弁当はなくなった。
葵が飛び出していったことも気になる。
しかしバイトには顔を出しているらしいから安心だ。
心配こそしてはいるが、恐らく長野の家にいるのだろうと、薫は比較的楽観視していた。
大抵何かあると葵は、高校生になってから長野の家に泊まりに行くのだ。
気になるのは――浅木のことである。
それなりに美味しいハンバーグを食べていると、正面の席でハロルドが溜息をつく。
「俺の話聞いてる?」
「え? 何か言ったか?」
「最近カオルなんにも聞いてないよね!」
「悪い悪い。で、なんだって?」
「だからアサギ隊長のことだよ」
その言葉に、薫はドキリとした。何故なのか、瞬きをする度に、その裏の闇に浅木の顔が映っては消えた気がした。
「最近全然姿見ないし、大丈夫なのかな?」
「多分」
「たぶんって、何か知らないの?」
「――踏み込まない方が良いことだってある」
「えええ、それで寂しくないの!? アサギ隊長の事気にならないの?」
「気にならないと言えば嘘になるけど……」
気づくと今度は薫が溜息をついていた。
浅木と織田の関係については自分が口を出して良いことではないように思えた。
確かにその事実を思えば、胸が苦しくなってくる。
「なぁハロルド。こう、さ。ぎゅーっと胸が苦しくなる時ってないか?」
「あるよ! 俺の場合は、アーネスト団長を見る度に」
「いやそういう、怖い感じじゃなくて」
「違うよ。怖くて縮こまってるんじゃなくてさ、なんて言うか、キュンキュンするんだ」
「は?」
きゅんきゅん。
その言葉に、薫は思わず眉を顰めた。
――そして、息を飲んだ。
思わず利き手を唇に当てる。もしかすると、浅木の横顔を思い出す度に感じるこの胸の痛みは、それこそ、キュンキュンというようなものなのではないのか。
「な、なぁ」
「ん?」
「キュンキュンするとしたらさ、それってどういう事なんだ?」
「恋だよ恋!」
「っ」
自分自身が浅木に対して恋心を抱いている――?
薫は思わず目を見開いた。それから、フッと笑みを零した。
「恋(笑)」
そんなこと有るはずがないではないか。馬鹿馬鹿しい。――多分。
「さっさと食べて討伐に行こう」
このようにして、騎士団の午後の時間は過ぎていった。


その頃葵は、治樹の家にいた。
「というわけでさ、脈あると思うんだよ、薫に対して!」
「……そうでござるか」
葵の表情はまさしく恋するそれで、見ているだけで治樹は苦しくなった。
グサリグサリと葵の一言が胸に突き刺さってくる。
「どうしたらいいかなぁ? 買い物デートとかに誘ってみようかな? うーんでも、薫と買い物に行くなんてそれなりに良くあることだし。あ、温泉とか? やだな、緊張しちゃうよ」
「……緊張……」
「どうしたら薫は俺のことを見てくれるかな?」
葵の心持ち不安に染まった瞳を見ていると、治樹はそれでもやはり力になってやりたいと思ってしまうのだ。
「最近拙僧はお弁当を作っていないし、食事を一緒に取ることは親密度を上げるし、料理の幅を広げてはどうでござるか? それこそ毎日取るものだし」
「なるほど!」
「薫先生の好きな食べ物は何でござるか?」
「うーん。肉かな? ハンバーグとか」
「じゃあハンバーグの練習とか」
「分かった! ハンバーグカレーを作れば良いんだね!」
「いやちょっとカレーから離れるでござるよ……」
このようにして彼等は料理の練習をすることになったのだった。