18:好敵手





その日、一人でバイト先に向かった幸輔は、騎士団長のアーネストに呼び止められていた。団長に直接声をかけられるなんて、これまでにはなかったことだ。内心緊張しながら、回廊で立ち止まる。
「お前が、織田幸輔か」
「……はい」
返事! 返事!
と内心大混乱のまま、しかしながら無表情で幸輔が頷く。
好敵手ライバルだな」
「――へ?」
しかし続いた言葉に、幸輔は目を見開いた。
好敵手?
それは何とも中2心を擽る言葉だった。だが何故騎士団長が自分のライバルなのか、幸輔にはよく分からなかった。考えてみる。ライバル、ライバル。
「!」
そこで幸輔はハッとした。
――まさか、≪追跡者≫!!  ついに機械兵が動き出したのか!
一気に幸輔の脳裏を、妄想が駆けめぐる。何せここのところ、妄想ばっちりの世界にいるのだ。敵が現れたっておかしくないではないか。
幸輔は杖を握りしめ、眼光鋭くアーネストを睨め付けた。
その気迫に、騎士団長は小さく息を飲む。
――確かに迫力がある。
反射的に剣の柄へと手を伸ばした。その時のことだった。
「≪終末創造槍エンダストリアルアーツ≫!!」
幸輔の必殺技が放たれた。防ぐ間すらなく、アーネストはその場で気絶した。
――やった、倒した!
興奮冷め切らぬまま、幸輔は、床に倒れたアーネストをじっと見る。
油断は大敵だ。いつ動き出すかも分からない。

「なにやってるの?」

そこへ冷ややかな声が響き渡った。
我に返り硬直した幸輔が、恐る恐る振り返ると、そこにはルカスが立っていた。
ルカスは満面の笑みを浮かべてこそ板が、こめかみにはしっかりと青筋が浮かんでいる。
「や、あ、あの……」
「もうすぐ定例会議の時間なんだけど」
「す、すいません」
「僕は、何をやっていたのか聞いて居るんだけど。言い訳があるなら、少しくらいは聞いてあげないこともないよ」
ルカスが掌で杖を弄びながら、目をスッと細めた。
「……」
幸輔は、恐怖からわなわなと震えた。
「その……」
「うん」
「……ライバルだって言うから」
ポツリと響いた幸輔の声に、ルカスは虚を突かれて目を見開いた。
「ライバル?」
「……呼び止められて。それで、ライバルだって……だから、俺」
「っ、ライバルだと思ったから、倒したの?」
ルカスはその言葉に、がらでもなく照れた。
――ライバル。織田幸輔とアーネストがライバルになりえる事柄なんてたった一つだ。
「僕のために……?」
そんなルカスの声に、訳が分からず幸輔が顔を上げる。
しかしその表情を見ながら、ルカスは確信した。
――きっと、彼も僕に恋をしているのだ!
勿論それは多大なる勘違いである。
思わず胸が高鳴りキュンとしてしまったルカスは、幸輔へと歩み寄った。
そしてその頬に、触れるだけのキスをする。
「!」
何が起こったのか理解できなくて、幸輔は唇を振るわせた。
――い、今のは、キ、キスとか言う名前の代物ではないのか!?
ラノベでしかそんなモノにはお目にかかったことはない。彼の妄想の中には、恋は含まれていなかった。
ポカンとした幸輔、うっとりとその表情を見るルカス。
幸輔が我に返ったのは、バサバサと書類の束が落下する音を耳にした時のことだった。
反射的に視線を向けると、そこには呆気にとられた顔の浅木が立っていた。
「な、なにを……?」
浅木が、慌てるようにそう言った時、幸輔がルカスから距離を取った。
「好きだよ、幸輔君」
するとなんでもないことであるようにルカスが続けた。
「え、え」
幸輔が慌てたように、現実を見定めるように、周囲を見回す。
「っていうか君もさっきライバルとか言っていたんだから、両思いだよね」
「ルカス、ちょっと待て」
しかし浅木は声を上げずには居られなかった。
「事情が全く分からない。それに見過ごせない、ちょっと付いてきてくれ」
「まぁ義理のお父さんになるわけだし、団長も伸びてるわけだし、少しくらいなら時間を作れるけど」
「幸輔……お前はルカスのことをどう思って居るんだ?」
「え、いやその……? え?」
困惑している幸輔の表情に、浅木は眉を顰める。

その後とりあえず浅木とルカスは、さし飲みをすることになった。

「ルカス、兎に角幸輔には手を出すな」
飲み屋のカウンター席。
低い声で浅木がそう告げた。
「そんなこと君に言われる筋合いはないと思うんだけど。君だって、薫君のこと好きじゃないか」
「ぶ」
ルカスの言葉に、浅木が思わず酒を吹き出した。
「君もそろそろ自分の気持ちに素直になりなよ」
「な、なんだ、急に」
「アサギ君の亡くなった奥さんだって、君の幸せを祈っているよ」
「……それとこれとは別だ」
「別じゃないよ。幸輔君のことは、僕が幸せにしてあげる」
「……」
どうして良いか分からず浅木は、ただ静かに酒を飲んだのだった。