19:BLは中2病的にアリなのか?





混乱したまま幸輔がオフィスに戻ると、そこでは薫と真鍋が珈琲を飲んでいた。
「おぅ織田。お疲れ」
薫が声をかけると、真っ青な顔で幸輔が頷いた。
その様子に薫と真鍋が顔を見合わせる。
「何かあったのか?」
薫が尋ねると、真鍋が立ち上がった。
「今珈琲淹れるからちょっと座りなよ」
促されるままに座った幸輔は、なんだか泣きそうな気分になってきた。
「どうしたんだ?」
大変先生らしい顔で、薫がそれをのぞき込む。
「……ルカスさんにキスされた」
「「ぶ」」
思いも寄らぬその言葉に、薫も真鍋も吹き出した。
「それで、告白された」
簡潔に織田が言うと、薫が腕を組む。
――あのルカスが、まじか!
そんな思いが一番強かったが、彼は目の前で悩んでいる少年を放っておくことなど出来なかった。教師にはならなかったが、教師魂に火が付く。
「それで織田はどう答えたんだ?」
「なにも……」
「織田の気持ちはどうなんだ?」
「……嫌いじゃないけど」
それと好きは、イコールではない。どちらかと言えば、ルカスは織田の中では恐怖の象徴だ。
「迷ってるんなら、付き合っちゃえば」
そこに朗らかな真鍋の声が響く。織田が付き合ってくれればライバルは減るし、葵だってそちらの道に走りやすくなるだろうという、自分のための言葉だった。
「……」
そんなことは知らない幸輔は、俯いた。
何せ童貞だし、これまで恋とは無縁で生きてきた。
――中2病的に、BLはアリなのか?
だなんて考えたのは、多分現実逃避だったのだろう。


帰宅した薫は、今日は衝撃的だったなぁと考えながら、発泡酒の缶を開けた。
「お、珍しい……のか?」
するとハンバーグカレーが出てきたため、薫は目を瞠った。
そこには大変美味しそうなハンバーグが載ってはいたが、何故カレーをつける必要があるのだろう。ハンバーグであれば三食ハンバーグでも一切構わないが、カレーはそろそろ飽きてきた。しかし、漸く家に戻ってきた弟の久方ぶりの手料理であるし、ハンバーグも載っていたし、そこに料理の幅の広がりを見て取った気がして、薫は微笑した。
「おいしい」
「あのね、薫」
その時正面の席に座った葵が言う。
「なんだ?」
「俺、俺ね、」
「ああ」
「薫のことが好きなんだ」
「はは、俺もだよ」
可愛い弟だなと思いながら、薫は頷く。
駄目だ、全然伝わっていないと、葵は内心溜息をついた。
「あのね、俺告白してるんだよ?」
「だから俺も好きだって。ただ改めて言われると照れるなぁ」
ニコニコとしながら、薫が発泡酒の缶を傾ける。そしてふと思い出した。
「あ、告白と言えばさ、今日織田が――」
そこで薫は、本日の概要を葵に話した。


その頃、ティターニア大陸では、ハロルドがアーネストの介抱をしていた。
「ん……」
「お気づきになられましたか団長!」
「ああ……俺は、どうなったんだ?」
「その、オダに……」
「そうか……破れたのか」
「……」
ハロルドは、苦笑しているアーネストを見て胸が痛くなった。
ずっと団長のことを見てきたから、彼がルカスに恋をしていると言うことは嫌と言うほど知っていた。だけど、きっともう、伝える機会はないだろうからと、ハロルドは意を決する。
「僕、団長のことが好きです」
「慰めてくれるのか、ハロルド。お前は優しいな」
「違うんです、そうじゃなくて……!」
「?」
「愛してます」
告白というモノは、多分苦しいからするのだろうと、ハロルドは思った。
そんな彼の髪を、起き上がった団長が優しく撫でる。
「ごめんな。俺は、それでもやっぱりルカスのことが好きなんだ」
こうして一つの恋が終焉を迎えたのだった。


翌日。
葵は、一人バイト先で、ぼんやりと考えていた。
なんだかここのところ一人で熱くなっていたわけであるが、今更ながらに恋とは何なのだろうかと、思案せずには居られなかったのである。
「どうしたの、難しい顔をして」
そこへ真鍋が声をかけた。慰めるというのは、仲を深める絶好のチャンスだ。
「俺、好きな人がいるんです」
しかし続いた葵の言葉に、真鍋は硬直した。
「――え?」
「だけど、好きって何なのか、段々分からなくなって来ちゃって。側にいたいのは間違いないんですけど」
「……念のため聞くけど、それは、どっちの世界の人?」
「現実です」
じゃあまだ俺にも脈はある、と、真鍋はプラス思考で考える。
「あ、真鍋さんじゃないから安心して下さい」
そしてすぐに玉砕した。
「しかも、多分相手は俺のこと好きじゃないって言うか……っ……告白して失恋しました」
ぽろぽろと泣き出した葵を見て、真鍋は苦しくなってくる。
今まさに彼自身も失恋したからだ。
慰めて恋心をコチラに引き寄せたいと思わないでもなかったが、不意の失恋が辛すぎて、今すぐ行動を起こす気にはならない。
「傷は癒えるよ……」
だからそう告げるのが精一杯だった。


その日の午後薫は、ぼんやりと、食堂で珈琲を飲んでいた。
なにやら、ルカスは織田の正面でニコニコしていて、織田と浅木は表情を引きつらせている。他方、正面の席では、ハロルドが泣きはらした目をしている。窓際では、振られたらしく真鍋が遠い目をして、雲を眺めていた。その隣には、同じような顔をした騎士団長が居る。よく分からないが、葵は既に帰宅済みだ。
そろそろ初夏で、もうすぐ夏が来る。
やはり、夏とは恋の季節なのだなぁと薫は考えていた。
しかしながら、誰も上手くいっていないというのが、ちょっとだけ面白かった。
不謹慎だとは思うのだが。
「カオルは悩みが無さそうで良いね」
ハロルドがポツリと言った。
「恋とかしてないの?」
その言葉に薫は小首を傾げる。すると不意に浅木のことが脳裏を過ぎったものだから、慌てて頭を振った。もしかして自分は、浅木のことが好きなのだろうか。それは時折薫が考える問いだったが、上手くなんていきっこないからと、いつも心の中で否定するのである。

そしてオフィスへと帰還し、携帯電話を見て、薫は硬直した。
――そこには、祖父の急変の報せがあったからだ。
「どうかしたのか?」
急に黙り込んだ薫の顔色を見て、浅木が心配になって声をかける。
「祖父の容体が……」
「何?」
「病院に行かないと」
「送る」
「え、でも」
「そんな顔色で、放っておけない」
浅木はここのところ毎日織田のことを送り迎えしていると知っていたから、薫は躊躇う。だが一刻も早く向かいたいのは本心だった。葵は既に到着している様子だ。
「幸輔、お前も乗れ」
「わ、分かった!」
こうして彼等は、病院へと向かうことになったのだった。