【第十二話】昴@





「随分と仲がよろしいようですね」

 煙道三月の声に、扉を閉めて施錠しながら、瑳灘昴は無表情になった。これまでの間、終始、粕谷昼斗の前で見せていたにこやかないずれの笑顔とも異なる、冷酷な眼差しをしている。本人は無意識に、時折この瞳をしてはいたが、それを悟られているとは思ってもいない。ただ今は、本人理解の上で、非常に酷薄な色を瞳に浮かべている。

「なにと?」
「なに、って。お義兄様と、以外ありますか?」
「義兄? 俺には、義兄なんていないけどね?」
「――粕谷昼斗大佐、ああ、降格して、大尉ですが」
「ああ、カスね。クズとかゲスとか、もっと相応しい呼び名があるかとは思うけど」

 淡々と、抑揚のない声で、昴が述べてから、姿勢を正して振り返った。
 現在、昴は情報将校大佐、三月はこの基地の総司令官であり階級は中将である。
 共に、エリート教育専門の機関を、卒業した。
 なお、その学校は、卒業する事が困難だ。入学は、願わずともさせられるのだが、卒業資格が与えられない事には定評がある。

「エレベーターでキスをしていたのを、監視カメラをモニタリングして見物しましたが?」
「うん。あれで俺を意識すればいいのにね」
「……させて、どうするのでしたっけ?」
「姉さんに瓜二つの俺に、ぞっこんにさせて、捨てるんだよ。最高の、復讐だろ? そうは思わないかい?」
「別に。私ならば、四肢を切り裂き、思考しか出来ない、私の母方の母国でいうダルマという状態に持ち込んで、毎日嬲る自信がありますが?」
「あの人ねぇ、外見は整ってるから、四肢はそのままつけておいてもいいかなぁって。どうせ折るなら、俺の手でおりたいって言うか、さ。電動ノコギリはいつでも買えるし」
「私はきちんと、麻酔はしますよ?」
「俺はしないかもね。許さないから」

 昴の瞳が暗くなった。顔を背けた三月は、それから頬杖を突く。

「この日本はおろか、世界に一体だけの、第一世代機のパイロットなのですから、さすがに殺さないで下さいね。生かさずとも」
「分かってるよ。死ぬより最悪な目に遭わせるから、安心していいよ」
「ああ、怖い。昴、貴方の悪い癖ですよ、その、サイコパス味」
「三月にだけは言われたくないよね」

 二人はつらつらとそんな言葉を交わした。

「まったく。ラムダ皇族が余計な落とし物さえしなければ、このような悲劇にはならなかったのでしょうが――秘宝のフォルムが分からない以上、返還のしようもありません」
「Hoopという?虫?が相手である現状は、まだ幸せなのかもしれないね」
「どういう意味です?」
「――中に知的生命体、それも、人間と同じ姿をした何者かがいると分かったら、きっと昼斗は戦えないよ」
「果たしてそうでしょうか?」
「違うかな? 俺は、あの人を、臆病者だと判断してるけどね?」
「臆病者が、一千万人の命を海に沈められますか?」
「君の命令があったからじゃないの?」
「では――昴は、上官の命令があったら、一千万人の命を奪えますか?」
「……」
「殺せますか?」
「……少なくとも」
「ええ」
「俺ならば、きちんと責任が君にあると、明言したうえで、一千万人を殺すよ」
「まあ、貴方ならそうするでしょうねぇ。責任逃れは、お得意でしょうし」

 そんな二人のやりとりを聞いているものは、特に誰もいなかった。