【第二十三話】緊急通信
以後、昴は家にいる間中、昼斗の事をドロドロに甘やかした。昼斗は困惑しながらも、いつもその腕に収まっている。これまでよりも、二人の起床時間が少し遅くなったのは、それだけ寝る時間が遅いからだ。
「昼斗。ほら。あーん」
朝食の席において。
昴がフォークで刺した、厚焼き玉子を昼斗の口へと差し出す。頬に朱を差した昼斗は、迷うように瞳を揺らしてから、口を開いた。厚焼き玉子からは、出汁の味がするように変わっていた。
「美味しい?」
昴の問いかけに、昼斗が頷く。すると気を良くしたように昴が笑う。最近、昴は昼斗の好きな味の再現に熱心だ。一度目よりも、二度目、三度目ともなると、確実に昼斗の好みの味に近づけてくる。それが昼斗には、擽ったくもある。
「夜は何が食べたい?」
「……また、お前が作ったパエリアが食べたい」
「そう」
そんなやり取りをして朝食を終える。昴が食器洗い機に皿を入れていくのを見ながら、昼斗はリビングのソファに座っていた。そして新聞を眺める。このご時世になっても、髪の新聞は廃れてはいない。ただ、ニュースの鮮度は少し遅くなっている。
スカンディナビア半島におけるHoopとの攻防についての記事を眺めていた昼斗は、昴が傍らに立ち、肩に触れられた時に我に返った。
「昼斗」
「……っ」
顔を上げると、昴に指先で、唇をなぞられた。見上げた昼斗のその唇に、チュッと音を立てて昴が口づけを落とす。一度唇が離れたので、目を潤ませながら昼斗は昴を見た。するとより深いキスが降ってくる。
「んっ、ッ」
当初は息継ぎの仕方に戸惑っていた昼斗だったが、既に慣れた。そのぐらい、毎日キスをしている。角度を変え、昴が昼斗の舌を絡めとる。目を閉じた昼斗は、その口づけに応える。
――ピピピピピピピピピ。
電子音がしたのはその時だった。初めて聞く音に目を開けた昼斗の前で、片目だけを細くし、昴がポケットから小さな通信端末を取り出す。
「三月からだ。なんだろう。緊急通信なんて」
そう言うと昴が、応答した。呼吸を落ち着けながら、昼斗はその姿を見守っていた。
ここ数年の間、他者にこんな風に優しくされた事が無かったため、昼斗の胸中は強い混乱と歓喜で騒がしい。昴に優しくされる内に、最近では胸の動悸が鳴りやまなくなった。
「うん、そう……分かったよ。うん、すぐに。ああ」
昴はそう返すと、通信を打ち切った。そこには、最近はあまり目にしなくなった冷ややかな無表情が浮かんでいた。何事だろうかと昼斗が視線を向けていると、顔を上げた昴が、苦笑を浮かべた。
「Hoopが出現したのを確認したって」
「そ、そうか……」
「今、瀬是が出撃したみたいだけど、俺達にもすぐに来てほしいそうなんだ」
「行こう」
「うん、そうだね」
こうして二人は、外へと出て車に乗り込んだ。