【第三十四話】昴C
環から連絡を受けた三月が、通信を切断後、端末を執務机に置いた。その傍らに立ち、昴は観葉植物を見ている。
「D-001が起動し、動いたそうですよ。貴方のお義兄様は、本当に優秀ですね」
笑みを含んだ三月の声音に、昴が顔を上げる。その表情は、冷ややかだ。
「ですが、A-001を稼働出来るのも粕谷大尉のみである事を考えると、ただの適性の問題だとは思えません。それならば、私や貴方にも、何より瀬是にもあるのですから。環にもありますし、円城少佐も例外ではありません。なにか、理由があるのでしょうね。それこそ、ラムダの秘宝に関わる理由があるのかもしれません」
三月はそう言うと、机の上にあった極秘書類を一瞥した。
――第十一類機密だ。
ラムダはギリシャ語で、十一という意味である。
この一連の書類は、元々、地球外からもたらされた知識から設計・開発された、人型戦略機に関する機密が綴られている。エノシガイオスと名付けられたのも、ギリシャ神話の十二神の中の、十一番目の神の名をつけられたためである。
非公式に存在が確認されている、太陽系十一番目の惑星がある。そこには、地球外生命体が暮らしている。Hoopがやってくる外惑星、それこそが、その十一番目の惑星である、?ラムダ?だ。古の昔、地球にはその惑星から、ラムダ皇族と呼ばれる知的生命体が来訪した事がある。その際に、地球にもたらされたのが、いくつかの科学知識と――?ラムダの秘宝?であったという記述も、この書類には記載されている。
Hoopが何故、地球に飛来するのか。
それには、公にはなっていない理由がある。別段、地球の侵略が目的ではない事だけは確かだが、結果として人類は窮地に立たされている。目的が違えども、結果は同じになりうる。
「ラムダの秘宝の手がかりがいるだけでも、この日本という国は幸運ですね。何より粕谷大尉は命令にも従順で、自己主張も少なく、私達の意のままに動いてもくれます。人工島も切り離してくれましたしね」
三月がそう続けると、冷たい眼をした昴が、腕を組んだ。
「自己主張が少ない? だったら、姉さんが船に乗る事は無かっただろうし、今もきっと生きて笑っていたと思うけれどね?」
「本当に、根に持っているのですね」
「当たり前だよ、絶対に許さない」
「粕谷大尉は、大切なパイロットなのですから、あまり虐めすぎないでくださいね」
楽しげな声を放った三月を見て、昴は無言になった。それから、窓の外を見る。本日は快晴で、日の光が白い。どうせならば、こんな日にこそ、テーマパークは遊びがいがあるのではないかと漠然と考えてから、昴はその思考を振り払った。あの日は初めて、昼斗のきちんとした笑顔を見たけれど、そんなに大観覧車がお気に召すとは思っていなかったから、意外だった。遊具で絆する事が出来ると知っていたならば、きっともっと早く、遊びに連れ出した事だろう。平和な街を見て、何気ない感想を雑談していたら、不意に笑みを零されて、心底意外だった。
「もっともっと虐め抜くよ、まだ始まっていないというのが正確かな」
「ああ、怖い」
「だんだん俺の事が好きになってきたみたいだから、今はどうやってボロボロにして捨てるか考えているところだよ。楽しくてたまらない」
昴の言葉に、三月はクスクスと笑ってから、書類をしまった。