【第三十五話】庇われる








 そのまま保と共に、基地の食堂へと向かった。昴からはまだ連絡が来ないので、誘われるがままに先に食事を取ろうと決めた結果だ。昴が不在の場で、食堂に足を踏み入れるのは、久方ぶりの事だった。

 保と昼斗の姿を見ると、基地の人々は、皆ヒソヒソと噂話を始める。この対応も久しぶりではあったが、気にせず昼斗は食券期の前に立ち、悩んだ末にざるそばを購入した。保はエビフライ定食を注文するらしい。

 二人でカウンターへと向かい、雑談しながら料理を待つ。半券を受け取った大堂も笑顔で会話に加わっていた。出てきた料理を一瞥し、昼斗は安堵する。異変はない。普通のざるそばだ。その後はトレーを手に、四人掛けの席へと二人でついた。

「北米大陸の防衛線も、また後退したらしいなぁ」

 割りばしを手にして食べ始めると、保がそんな事を言った。昼斗が顔を上げる。

「本当は、D-001もあちらでテストするはずだったらしいんだよ。でもねぇ、テストする暇が無いくらい、今は忙しいらしい」
「そうか……」
「島国とはいえ、本土の防衛に成功してるのは、今となっては日本くらいだよなぁ。本当、嫌な世の中だな」

 保がぼやきながら、エビフライをかじった。それを見ながら、昼斗はざるそばを口に運ぶ。そして――思いっきり咽た。麺つゆが、辛かったからだ。ワサビのせいではない。何かが混入されている。嘗ては日常的だった嫌がらせだ。

「昼斗? 大丈夫か?」
「っ、ああ。なんでもない」
「そ、そうか? とりあえず、ほら。水」

 驚いたように保が水の入ったコップを差し出してくれた。受け取り、なんとか飲み干してから、昼斗は本日の昼食を諦める事にした。声がしたのはその時だった。

「おやおや、殺人鬼様じゃぁありませんかぁ」
「最近姿を見なくて清々してたんだがなぁ」
「もうすぐ、人工島の慰霊祭があるって知ってるのか? 行くんだろうなぁ、当然。お前が殺したんだし」

 二人の席を取り囲むように、基地の中でもガラの悪そうな軍人達が取り囲んだ。昼斗は無表情になり、蒼褪める。チラリと保を見て、自分のせいで巻き込んでしまっている事を、申し訳なく思った。

 保は立ち上がったところだった。

「お前ら何言ってんだよ」
「何って、事実だけどな?」

 ニタニタ笑っている軍人の声に、その正面に立った保は、一度唇の両端を持ち上げて、二ッと笑った。そして――右手の拳を持ち上げると、笑顔のままで、その相手を殴り飛ばした。派手に吹っ飛んだ男が、隣の席に激突する。他の者達が、唖然としたように目を見開いた。

「昼斗がいなかったら、今頃ここの基地の慰霊祭も行われる計画が出てたと俺は思うけどなぁ。おい。謝れよ」

 二人目の腹部に保が膝を叩き込んだ。他の三名は、後退り、逃げていった。

「保! 止めろ、俺は大丈夫だから――」
「俺が大丈夫ではない。あのな、こんな奴らの事は、気にする必要がねぇよ? 自分では何もできないくせに、悪質すぎる」

 保は笑顔だったが、それが逆に怒りを感じさせた。

「へ、平気だから、もうやめろ」

 暴力に晒される事はあれど、自分が殴るという考えはそもそもない昼斗は、焦ったように床にはいつくばっている一名に歩み寄る。だがその者は、昼斗の手を振り払い、逃げていった。これまで、昼斗を明確に庇う者はいなかったから、食堂中の視線が集中している。

「俺はやられたらやり返すタイプだし、好きな相手が中傷されていたら見過ごせないけどな? 許さん。顔を覚えたから、今逃げてった奴ら、覚悟しておけよ」

 よく通る声で、明るい声音を保が放った。
 呆然としている昼斗に対し、それから保が向き直り、今度は柔らかな微笑をした。

「ま、座るか」
「あ、ああ……」
「昼斗は人がいいから黙ってるのかもしれねぇけど、理不尽な事を受け入れる必要はないんだぞ?」
「で、でも……暴力はよくないぞ……俺のために怒ってくれたのは、その、嬉しいけど……」
「当然、怒るに決まってる。俺と昼斗の仲だろ?」

 そう言って笑った保の姿に、昼斗は曖昧に笑みを返す。保が少し怖くもあったが、このように怒ってくれた事は、実際嬉しくもある。誰かにこんな風に庇われたのなど、初めての事だったからだ。

「保は、いい奴だな……」
「今頃気づいたのか? 遅いって」

 保がそう言って笑ったから、昼斗も両頬を持ち上げた。