【第四十七話】理解者





「なぁ、昼斗。喧嘩でもしたのか? お兄さんに話してごらんなさい」

 訓練フロアに昼斗が入ると、周囲を見渡してから、保が声をかけてきた。本日は、久方ぶりに昴が三月の司令官室へと向かった。

「喧嘩? 誰と?」
「瑳灘大佐以外に誰がいるって言うんだよ? ん?」
「別に俺と昴は、喧嘩なんかしてない」
「その言い訳は、ちょっと苦しいな」
「言い訳じゃない。その……自然な関係になっただけだ」
「自然な関係……? それは何か? 常に付き従ってるのに無視する対応? それが、自然だと?」
「仕事だからな。必要な会話以外は必要がないだろう」
「……監視の目が厳しくなった、と、そういう理解でいいのか?」

 保は片手で前髪を書き上げると、納得がいかないという眼差しで昼斗を見る。

「俺としては、そうだなぁ。昼斗が幸せなら、それでいいぞ?」
「うん?」
「でも――最近のお前の目は暗い。辛そうだ」
「そうか? 俺はいつも通りだけどな」
「……昼斗は、自分の感情に鈍い部分があるとは、俺も思う。だから俺が教えてやる。はっきり言って、今のお前は、辛そうだ。俺はな、人の心は他人には分からないなんて言うのは、妄言だと思ってる。外から見ていた方がよく分かる事だってあるんだよ」
「どういう意味だ?」
「今の昼斗は泣きそうに見える。俺でいいなら抱きしめて、思いっきり甘やかして、撫で撫でしてあげたい!」
「いい歳の大の男を撫でる……?」
「俺は国籍は日本だけど、別に日本男児じゃないからな」

 腕を組んだ保は、それからじっと昼斗を見据えた。

「真面目な話、大丈夫なのか?」
「だから、何が?」
「辛くないのか?」
「……」

 昼斗は押し黙った。それから、視線を床に下げ、唇でだけ、笑みを形作る。

「俺が悪いんだ」
「昼斗が悪い?」
「そうだ。そうなんだよ。他の誰が悪いわけでもない。昴も悪くない。悪いのは、俺だ」
「お前が何をしたって言うんだよ?」
「――色々したさ。この前だって、一千万人も殺したのは、俺だ」

 自嘲気味な笑みを浮かべてから、昼斗は顔を上げた。すると、保が険しい顔をする。

「それは、お前のせいではないし、お前が責任を感じるべき事じゃない」
「だが、実行したのは、俺だ。悪いのは、俺だ。俺なんだよ」
「本当にそう思ってるらしいから言わせてもらうが――それは、誤った信念だ」

 保の声が低くなる。両手で保が、昼斗の肩に触れた。それから、指に力を込めた。

「あの人工島には、な。俺の両親が住んでた」
「っ」
「死んだよ」
「……そうか」
「でもな? お前が、実行していなかったならば、俺達は今頃生きてはいない。呼吸して酸素を得るという自由すら無かったはずだ。俺は、お前を恨んでなんかいない。お前は、俺達を助けてくれたんだ」
「保……」
「紛れもなく、お前は?英雄?だし?希望?だよ。?希望そのもの?だ。昼斗がいるから、今、この国はここにある」

 いつもは穏やかな瞳をしている保が、冷静ながらもまくしたてるような剣幕で告げた。

「お前は仕事で仕方なくやって悔やんでいるのかもしれない。でもな、結果はどうだ? それで、どれだけの人間が、救われたと思う?」
「……俺は――」
「お前は何も間違った事はしていない。そんなお前がいわれのない誹りを受ける事を、俺は望まない。それを許容するようなら、瑳灘大佐の事も認める気にはならない。俺は、お前の事が好きだ。昼斗の事を、信じているし、お前がどんな人間か知るくらいの期間は、一緒にいたと思ってる。だから、泣きたくなったら、俺の胸で泣けばいい」

 そう言うと、保は昼斗を抱きすくめた。
 久しぶりに感じる他者の体温に、昼斗は息を詰める。

「俺がいる。だからそんな風に、悲しい顔、すんなよ」
「保……」
「――ま、悲しい事に俺よりお前の方がずっと強いから、守ると言っても信ぴょう性はないだろうが。俺は、いつでも昼斗のそばにいるよ。だから、辛い時は、お兄さんに話しなさい」
「俺の方が年上だ」
「精神的には、俺の方が成熟してると思うがね」
「言ってろ」

 昼斗はそう言って、久しぶりに心からの微笑を浮かべた。