【第六十三話】返還計画
月クレーターを昼斗は見据えた。日本国産新型兵器、?カグツチ?を構え試射をする。薙ぎはらわれるかのように、月表面にいたHoopの群れが一掃された。
『帰投しろ。テストは大成功だ』
明るい環の声を耳にしながら、スッと昼斗は双眸を細くした。左手でタッチパネルを操作して、自動操縦をOFFにする。そして右手で淡い緑色の光を放つ球体に触れて、そのままその場を離脱した。
「昼斗……?」
モニタリングしていた環の、呆気にとられたような声が響いてくる。しかしそれを無視し、昼斗は通信装置の電源もOffにした。
宇宙は、暗い。けれど無数の銀色に似た光がある。まるで川のようだと思いながら、昼斗は右手の球体に、離陸の指示をイメージで送る。すると人型戦略機は、一拍置いてから、超高速で月軌道から離れた。
「昼斗!」
最後にノイズ混じりに聞こえた声を、昼斗は意識して打ち消し、そして深呼吸をする。タッチパネルで目的地を、ラムダにあわせる。
――秘宝を返還する。
それが、昼斗の決めた事柄だった。即ちそれは、己の死と同じである。けれど、そこに後悔はない。星々の合間を、昼斗の搭乗した人型戦略機が飛んでいく。
「あとは、死ぬだけだな」
ポツリと呟いた昼斗は、巨大な木星の表面を見た。この衛星にも、ラムダ由来の文明が広がっていると教えてくれたのは、エノシガイオスだ。昼斗は愛機の壁に手で触れる。
《本当によかったのか?》
すると機体から声がした。その男性の声は、淡々としていたが、いつもよりも心配そうだと昼斗には判断できた。だから喉で笑ってから、昼斗は頷く。
「ああ。これで地球が救われるんなら易いものだ」
《よかったのか?》
「何も悪い事なんてないだろ? きちんと返還して、それで、そうすれば、また平和が戻ってくるんだろ?」
昼斗が両頬を持ち上げる。エノシガイオスは、何も言わない。沈黙している。
目を伏せた昼斗は、先日街で見かけた親子連れを思い出した。玩具店では、果たして何を購入したのだろうか。今も、地表には、幸せそうに街を歩く人々がいるはずだ。それを、守りたい。それが出来たならば、きっと幸せだ。
《本当に、満足か?》
「ああ、満足だよ」
《俺はお前を手放したくないから、それが本心ならば、このまま連れていく》
「本心だ」
《もう一度訊く。本当にいいのか?》
機体の声が、僅かに低くなった。だが目を開けずに、昼斗は微笑したままで頷いた。
「勿論だ」
すると機体が、呆れたように吐息するような気配がした。
《――周囲はそうは思っていないようだが?》
エノシガイオスの声が響くと、それまで暗くなっていたコクピットに光りが灯った。地球から離れたせいで、計器が暗くなっていたのに、一斉に明かりが点く。瞼の向こうの光に驚いて、昼斗もまた目を開けた。するとモニターには、第三世代機が映っていた。瀬是のものとは違うが、特徴からそう判断する。しかし、見覚えはない。
「あれは……」
既に地球側からの電波は入らない距離にあるはずなのに、モニターに鮮明に映っている機影。それを見て、昼斗は首を傾げる。
《お前を探しているようだぞ》
「一体、誰が?」
《さぁな。嫉妬する、が、きっと昼斗が求めている相手なんじゃないのか? 適性は十分あったのだしな》
「え?」
《昴というのだろう? お前の好きな相手の名は》
「っ」
《もう何時間も、こちらの方角を探している機体のパイロットの名と同じだと、俺には分かる》
「な」
《昼斗。本当にいいのか?》
「何がだ?」
《まだここからならば、間に合う》
「え?」
《脱出ポッドというのだろう? 人類が作った乗り物は。集合知を経由して、記憶しておいた。俺の幸せは、お前の幸せだ。もう一度言う。まだ間に合う》
「何を言って――」
《行け。きちんと俺が、返却しておいてやる。お前は、幸せになるべきだ。何故いつも、自分の幸せを諦める? 俺にはそれが理解出来ない。昼斗、幸せになれ》
コクピットの周囲を覆うように、避難ポッドが形成された。それは、昼斗のイメージではなく、エノシガイオスの意思だった。
「俺はきちんと自分の大切なものは愛でるんだ。だから、幸せに」
直後、昼斗の体は浮遊した。