【第六十四話】心臓の強度



 多分、人型戦略機に脱出ポットは、抱きしめられた。ただ中にいた昼斗は、その光景を目にした直後に意識を失ったから、本人の自覚はない。

 自覚があるのは、次に瞼を開けた――今。
 何度も見ている基地の病院の天井に関してだった。
 バサリと、そんな音がしたから、上半身を起こすと、そこには白い花束を取り落とした昴の姿があった。何度か瞬きをしながら、そちらを見ていると、泣きそうな顔をした昴が走り寄ってきた。そしてベッドサイドに立つと、嘆息した。

「俺の心臓の強度テスト、どのくらいしたら満足なの?」

 昼斗は理解しかねて、首を傾げる。

「何かあったのか?」
「あのさ、昼斗。自分が何をしようとしてたか分かってる?」
「クラムチャウダーをお前に所望した」
「その後」
「……お前が、俺を探しに来てくれたんだったな」

 そう言って昼斗が笑って見せると、歪めた唇を噛んでから、昴が昼斗に抱き着いた。

「ちゃんとコールを押すようにって、前も言ったよね?」
「昴が押してくれ」
「横着しない!」

 昴が額で、昼斗の額を叩く。それに吹き出してから、昼斗は両頬を持ち上げた。

「まだ俺は生きてるんだな」
「ああ、そうだね、朗報だ。地球上に、既にラムダの秘宝は存在しないから、Hoopと呼ばれていたラムダの生体兵器も全て飛び去り、消えてしまったよ」
「本当か?」
「うん。今、人類は、船を自由に繰る権利も取り戻しているよ。義兄さんのおかげだよ。地球には、平和が戻った」
「そ、そうか……」
「でもね、この今という瞬間まで、俺の胸中は不穏だったよ。分かる?」
「え?」
「昼斗がいない世界なんて、俺には無価値だ。その自己犠牲精神、もう止めて」
「昴……?」

 昼斗が顔を上げると、唇の端だけを持ち上げていた昴が、不意に顔を背けた。その眦には、光る涙が見える。

「よかった。意識が戻って、というより、無事に帰ってきてくれて。まぁ、帰ってこないなんて許さないけど。だから迎えに行ったんだしね」
「昴……」
「義兄さんはさ、多分自分で思ってるより、自分勝手だよ。もっと周囲の気持ち、考えて」
「俺が自分勝手……?」
「そうだよ。俺をどれだけ心配させれば気が済むの?」

 昴はそう述べると、両腕に力を込めて、昼斗の肩に顎を載せた。

「勝手にいなくなるなんて、それこそ許さないからね」
「昴……」
「何?」
「……俺はここにいる」
「それは俺が迎えに行ったからだろ?」
「……今はそうだけど、そうかもしれないけどな……俺は――」

 ――昴が好きだから、そばにいたいのだ、と。
 昼斗がそう告げようとした時、医療スタッフが病室へと入ってきた。だから会話はそこで打ち切りになった。