【9】恋焦がれる人






 ――ああ、僕の中の義秋先輩との記憶が塗り替えられていく。同一人物だと知ったからといって、『千秋』が『義秋先輩』になったわけじゃないのに。
 御鶴は、自分に覆い被さるようにしている千秋を見上げた。
 千秋の骨ばった指が、己の肌をなぞっている。
 もしかしたら――千秋は、自分が医薬品を持っていたり、食料を運ぶから、そう恩返しとして、優しくしてくれるのかもしれない。御鶴は何度もそう考えた。
 ただ、それでも良かった。一緒にいたかったからだ。
 今も千秋の温もりが嬉しくてならない。
 御鶴は首筋に、何度も何度も振ってくる彼の唇の感覚に溺れていた。
「ぅあ……ッ」
 乳首を舌で転がされた瞬間、御鶴は声を上げた。
「ああ、ああっ」
 もう一方の乳首を指で弾かれ、御鶴はきつく目を伏せる。
 その感覚に体を震えが走り――同時に千秋への想いで胸が溢れ返った。
「好きだよ、好きだ。僕は、千秋の事が好きなんだ」
「……俺も好きだ。我が儘だって分かってる、だけどな、俺の事だけを見て欲しいんだ」
「ンぁ、ああ、ャめ、千秋」
 その時、千秋に脇腹をゆっくりとなで上げられて、御鶴が悶えた。
 もどかしい熱が、御鶴の下腹部へと集まっていく。
 優しく羽で撫でるように、千秋の骨ばった指が御鶴の腰を這う。
 そうしてまた首筋に、千秋が唇を落とす。
「フぁ、あ、ン」
 緩やかに立ち上がっていた御鶴の陰茎へ、包むように千秋の大きな手が伸びる。
 そして千秋は優しく握ると、ゆっくりと上下に動かした。
「ァ、あ、ン、ふぁ、千秋、ねぇ千秋、良いから、早く――」
「まだ駄目だ」
「け、けど僕このままじゃ……出しちゃうよ」
「出せば良い」
 そう言うと千秋が、御鶴の陰茎を口に含んだ。
「ああッ、あ、待って」
 千秋が唇に力を込めて雁首を刺激し、舌ではチロチロと鈴口を舐めた。
 全身が熱くなり、御鶴は羞恥で涙がこみ上げてくるのを自覚した。
 ――いつか、先輩と体を重ねる日を夢見ていた事があった。
 けれど、今、自分の前にいるのは『千秋』なのだ。そして己が好きなのは、今となってはやはり、千秋だ。御鶴は改めて、恋心に気づいた気がした。
「ンぅ、あ」
 ピチャピチャと響いてくる水音が、御鶴の羞恥を煽る。だが同時に、快楽も煽られて、御鶴は喉を震わせた。ジンと甘い熱がこみ上げてきて、太ももが震えそうになる。その皮膚を、千秋が左手の指で、静かに撫でた。もどかしくなって、御鶴はついに涙を零した。
「や、やだ、千秋」
 こんな経験を、御鶴はした事が無い。
 初めてだったから、快楽をどう処理すればいいのか、御鶴には分からない。
 背がしなり、肩もまた震えた。
 けれど千秋が相手だから、怖くはない――いいや、それは嘘だ。
 怖いけれど、耐えられるのだと、御鶴は思った。
 千秋は右手の指を二本口へと含んでいて、御鶴をじっと見ている。
「やっぱり嫌か? でももう、止められない……止められないんだ」
「千秋、千秋ッ」
 その時菊門を、濡れた右手の指先で撫でられて、御鶴はキツく目を閉じた。
 それから襞をほぐすように、丹念に線なぞられる度に、御鶴は奇妙な感覚に襲われ、やはり怖くなったから――千秋の首に両手を回した。千秋の温度を感じたかった。それだけで落ち着く事を、御鶴はもうよく知っていた。
「あっ、うン――ッ」
 それからすぐに、指が一本、御鶴の中へと入ってきた。
 第一関節までゆっくりと挿し入れられて、御鶴は思わず体を硬くする。
 しかし、千秋の指は解すように進み――止まらない。
「ああっ」
 そして第二関節まで入った時、千秋が指を折り曲げた。
 その瞬間、まるで体に電流が走ったようになり、御鶴の頭が真っ白になる。
「やだ、あ、やめ、そこ変だから――ゥ、ぁ、っ――ああああ!」
 見知らぬ快感が這い上がり、御鶴の背筋を震わせる。
「ここ、好きか?」
「え、あ? ひゥ、ンああああ、や、やだ、ああっ、僕、あ、おかしッ」
「おかしくなんて無い」
「ぅあああ、あ、あ、そこ、そこは、ン――!」
 千秋の二本目の指が、御鶴の中へと入る。実際にはそれほど太くはない、千秋の綺麗な指を御鶴は見知っているのに、どうしようもなくその感覚が大きく思えた。
「いや――! あ、千秋、千秋!」
 今度は二本の指を折り曲げて、重点的に千秋が刺激を始めた。御鶴の体の奥に見つけ出した、愛する相手の感じる場所だ。
 御鶴の体には、じんじんと熱が込み上げてきて、彼の腰の感覚を奪っていく。
 ――快楽が、怖い。
 そう思い、御鶴は、ぎゅっと千秋に抱きついた。
「ふあ、あ、千秋、ねぇ千秋ッ」
「もう少し解した方が良い」
 千秋はそう言うと、指をその箇所から逸らした。御鶴は、消えた刺激が名残惜しい。
「ひゃっ」
 だがその直後、浅く抜き差しされて、御鶴の腰が震えた。
「あ、ああっン」
 御鶴の陰茎は気づけばそそり立っていて、だらだらと蜜をこぼし始めていた。
 それが千秋の腹部と擦れて、御鶴は、その刺激だけで果ててしまいそうになる。
「うあ――ッ、ああああ」
 奥深くへと今度は千秋の指が勢いよく進む度、御鶴は内側を暴かれていく気がしていた。
「ん、ンああっ、千秋、僕、あ」
「――そろそろ……挿れても良いか?」
「う、うん」
「優しくするから、だから泣かないでくれ」
 指を引き抜いた千秋が、もう一方の手で御鶴の髪を撫でる。
 御鶴は何度も何度も頷いた。
 ただ、涙ばかりは勝手に浮かんでくるのだから、御鶴にはどうにも出来ない。
「ア……ン――!」
 千秋の陰茎が、御鶴の中へとゆっくりと入ってくる。
 入り口のすぐ側で動きを止め、千秋が御鶴の目を見た。
 ――千秋の目が、御鶴は好きだ。
 徐々に徐々に中へと入ってきた千秋の楔は、途中で動きを止めた。
 押し広げられる感覚に、御鶴の体が強張る。
「少し力を抜けるか?」
「や、できな……ンぅ、あ――あああっ」
「深く息を吐いてみてくれ」
「うん、ン」
 御鶴が素直に深呼吸した時だった。
「あああああああああ――――ンあ――――!」
 千秋が一気に再奥まで貫いた。
 そうして再び、千秋は動きを止める。
 千秋の陰茎が全部入りきり、中が満たされた事が御鶴には分かった。
 けれどすぐに御鶴には、そんな事を考えている余裕が無くなった。
 千秋が小刻みに体を動かしたからだ。
 揺れる熱に、御鶴は嬌声をあげる。喉が震えているのが自分でも分かった。
「あ、あ、待って――あン、ぅうあ!!」
 それから今度は、ゆっくりと抜き差しされた。皮膚と皮膚が音を立てる。その温度が心地良かった。僅かな痛みと、込み上げてくる悦楽に、御鶴の思考がグラグラと揺れる。もうなにも考えられなくなっていく。
「あ、ン、ああっ、千秋、僕、僕ね、本当に――ぁ、ああああ、あ、ン」
「なんだ?」
「千秋のことが、ッウんあ……好きなんだ――うわああ!」

 御鶴が思わず、堪えきれない想いを――……上手い言葉が見つからなかったから、有体な言葉で、半ば無意識に告げた時、千秋の陰茎が硬度を増した。
「ひゥあ、やァ――駄目、駄目だ、僕もう、出る、出ちゃうから……ふァあああッ」
 すると千秋が優しい瞳で、苦笑するようにしながら、吐息した。
「俺もだ。悪い、余裕が無いんだ……愛してる」
「ああああ――――!」
 その時、一際強く突き上げられて、御鶴は精を放った。
 ほぼ同時に、内部にも飛び散る熱を、御鶴は感じた。
 ああ――幸せだなと、御鶴は思ったのだった。