【4】重なる声と赤色(★)
以来――夜毎俺は、皇帝陛下と体を重ねるようになった。
体が驚くほど楽になり、日中に関しては、既にほとんど熱を感じなくなっていた。
後宮の士官長に呼び出されたのは、そんなある日のことである。
「アスナ正妃陛下、前々からお伝えした方のですが」
「は、はい」
威圧感たっぷりの士官長の前で、俺は萎縮していた。
「皇帝陛下に大切な子種を独占なさらないで頂きたい。アスナ様の元に通うようになられてから、皇帝陛下の足は、他の側妃の皆様の部屋から遠のいておられます。アスナ様は本来、夜毎に皇帝陛下が足をお運びになる側妃の部屋を決定し、手配するお立場です。それが成否の業務であり、子を生まぬ男子なのですから、弁えてください」
何も返す言葉が見つからなかった。
憂鬱な気分になりながら、その後俺は部屋に戻った。溜息が出てしまう。
椅子に座り、膝の上にかけた布をギュッと握った。
士官長のいうことは分かる。問題は、俺の体が熱くなることだ。しかしこれは、人には言いたくない。ここまでの二年間も、誰にも言わなかった理由――羞恥と嫌悪があるからだ。気持ち悪い自分の体について人には話したくないし、そもそも生々しい性的な話など俺は恥ずかしくて言える気がしない。時々、知っている皇帝陛下はそんな俺をどう思っているのか、俺は考えてしまう。
その日の夜も、陛下はやってきた。
薄い夜衣を脱ごうとすると、先に頬に手を添えられ口付けられた。
「っ、ん」
夜は、熱がひどい。何故なのか、皇帝陛下が部屋に入った瞬間あたりから、毎日が満月の夜のように、体が熱くなるようになったのだ。その分昼間は楽になったから良いが、夜の壮絶な快楽は、いつも俺を狂わせる。
「あ、っ、ン……」
唾液が俺の唇の端からこぼれた。目が涙で潤む。
俺の髪を撫でた皇帝陛下を見て――俺は息を飲んだ。このように俺に優しく触れ始める日は、その後、俺にとっての地獄の始まりだからだ。
「ああっ、ああ! あっ、あ、あああ!」
後ろから抱きかかえられ、もう二時間も乳首を嬲られている。
弾いては優しく擦り、時に摘んでは、その後乳頭を羽で撫でるように刺激される。
もどかしくて腰が震えた。涙が止まらない。そんな俺の耳の裏側を、ねっとりと陛下が舐める。その感触だけでも果てそうになる。だが、ギリギリのところでそれは叶わない。焦らしに焦らされ、俺は咽び泣いた。俺は丹念な愛撫に耐えられる体ではない。
「やあぁっ……」
キュッと両方の乳首をつままれて、俺は声をあげた。目をきつく伏せて震える。眉毛まで震えた気がした。直後、押し倒されて、俺は猫のような姿勢になった。陛下の先端が、俺の菊門にあてがわれた。熱からの解放を期待して――同時に、快楽を期待して、俺はシーツを握りしめた。だが、あてがっただけで、陛下は中に挿れてくれなかった。
「や、やだ、あ、早く」
俺が懇願した時、陛下が俺の背中の上に胸を押しつけるようにして、体重をかけて俺の動きを封じた。そして、ギュッと俺を抱きしめた。
「うあああ」
首の後ろを舐められ、顎の下をくすぐられる。俺はひたいをシーツに押し付けて、弱い快楽の漣に耐える。まるで羽で撫でられているようだった。曖昧になった意識で、両翼に包まれているかのような気分を味わっていた俺は――不意に以前見た、陛下の赤くなった瞳を思い出した。そして息を飲んだ。何故、これまで忘れていたのだろう?
だが、その思考は、ようやく求めていた熱い楔に貫かれて霧散した。
「あ―――っ、あ、あ、あ!! ぁ、ァ」
唐突に激しく抽送され、俺はあられもない声を上げた。気持ち良かった。駄目だ、ああ、またおかしくなってしまう。腰骨を掴まれ、何度も打ち付けられる。肌がぶつかる音と、粘着質な水音が混じる。陛下が俺の中に放った白液が、グチャグチャと卑猥な音を立てている。
「俺の子供を産むか?」
その声を聞きながら、俺は咽び泣いた。快楽からだ。しかし、必死にかぶりを振る。
「俺は、産めない」
「そんな事はない」
それを聞いた時、俺は、強烈な違和感を覚えた。日中の士官長の言葉が頭を過る。
「卵を孕めば良い」
「あああああああああああ」
その時前立腺を強く突き上げられて、俺は果てた。しかし皇帝陛下はそれだけでは許してくれず、そのまま激しく突き上げた。
「いやだあああ、あ、ああ、ああ、もう、できない、できない」
「体は、そうは言っていない」
陛下が俺の陰茎を握り、擦り上げた。俺は号泣した。嬌声を上げる。
前と中からの刺激に、全身がカッと熱くなった。
次に気づくと、俺はまた自分から皇帝陛下の上に乗っていた。
思う存分、自分の望むまま、むちゃくちゃに腰を振っていた。
「う……うう……あ、ああっ……」
快楽の涙で濡れ切った頬を、皇帝陛下が撫でる。
その瞳は、やはり赤く見えた。
しかし、俺の口からは、喘ぎ声以外の何者も出ては来ず、そのまま俺は、理性を失った。
目が覚めると朝で、いつも通り、既に皇帝陛下の姿は無かった。
ぼんやりとシーツにくるまりながら、俺は思案した。何か、大切なことを思い出した気がしていたのだが、快楽の印象が強すぎて、なんだったか思い出せない。忘れたのだから、大したことではないのかもしれない。
気だるい体を起こして、俺はお風呂に入ることにした。
俺の部屋についている白亜の浴室は、アザレアの紋章が所々に金と赤の塗料で刻まれている。有翼獅子の形をした水道からお湯を出し、俺は泡風呂の中で吐息した。そうしてから、何気なく壁を見た。そして紋章を指で撫でてみる。国家の紋章であるツツジの意匠だ。皇帝陛下の紋でもある。その隣には、正妃の紋章である、緑の蔦と白い百合の紋章がある。緑は浴室でこの部分だけであり、百合に関しては銀の塗料も混じっている。それを眺めていて――俺は首を傾げた。赤いツツジの蕾が、何故なのかどこかで見た色に思えたのだ。長い瞬きをする。その一瞬に、脳裏に鳥の怪物――不死鳥の王の姿がよぎった。さらに……そこに皇帝陛下の赤い目が混じった。そうだ、俺が忘れていたのは、皇帝陛下の瞳の色だ。夜、確かに赤くなったのだ。
『たくさんの卵を孕んでもらわなければな』
『卵を孕めば良い』
いつか聞いた鳥の怪物の声と、昨夜確かに聞いた皇帝陛下――ゼル様の声が重なった。
思わず右手で唇を覆う。一体これは、どういうことなのだろうか?
困惑しながら、俺は恐怖に駆られて寒気がしたから、泡とお湯の中に体を沈めた。
今夜こそ、直接聞いてみよう。一人そう決意しながら、俺は静かに目を伏せたのだった。