【5】皇帝の卵(★)



 だが――その日の夜、皇帝陛下は部屋に来てくれなかった。
 翌日もだ。
 じわりじわりと熱がたまっていく。
 毎晩与えられていた快楽が消え、代わりに熱が戻ったものだから、俺は何も考えられなくなった。朝も昼も体が震える。幸い今はまだ新月だが、これが満月になったらと思うと背筋が冷えた。公務中、椅子に座っている時は、テーブルで見えない場合、俺は終始太ももを擦り合わせて堪えていた。歩く時は、唇をひき結んで、なんとか震える体を制した。

 夕日が沈む頃には、耐えられなくなってベッドに横になる。
 そして、夜。

「あ、あ、あっ、ああ」

 俺は必死で自分の指を中に入れて動かす。だけど足りない。熱く長く太い、皇帝陛下の肉茎で激しく貫かれたい。そればかりを考えながら、香油でぬめる指を動かしていた。だが、熱は引かない。一人で何度も声を上げて泣いた。しかしどうにもならない。

 皇帝陛下が部屋にやって来たのは半月後――満月の当日だった。

 今貫かれたら気が狂うだろうと確信していた。だが、貫かれなくとも気が狂うだろう。
 身の内でくすぶる快楽が、解放を求めて皮膚の下を這い回っている。強く羽ばたく鳥の羽根が内側にあるような感覚だった。

「ひっ」

 頬を撫でられた瞬間、俺は果てた。腰に力が入らず、椅子から立ち上がることができない。タラタラと俺の放ったものが、太ももを垂れていく。だが、違う。俺は激しく中を暴かれたい。必死に首を振った。

 皇帝陛下が俺を抱き上げた。震えながら俺はその腕につかまり、ベッドの上に降ろされるまで大人しくしていた。ゼル様は、自分もベッドの上に上がると、俺を膝の上に乗せて、腕を回した。

「あ、あ、あ、っッ、ん」

 ただ抱きしめられているだけなのに声が漏れる。そして抱きしめられるのは、俺には焦らされているのに等しくて、ただただ辛い。

「あ!」

 ゼル様が俺の乳首に吸い付いた。吸われた瞬間、俺はまた果てた。
 その後も唇で挟まれて、舌先でチロチロと乳頭を刺激される。そして時に吸われた。
 俺はふと、艶めかしい赤い舌を見て、思い出した。

「ゼル様……」
「なんだ?」
「……っ、ぁ……目が赤いから……」
「――仕事が立て込んでいてな。ここにも来られなくて悪かった」
「ああ!」

 骨ばった指が、俺の中へと入ってきた。右手で中を暴きながら、左手では俺の太ももの付け根を撫でている。香油と俺の放っていたものを指に取っていたようで、ゼル様の手は卑猥な音を響かせた。ゆっくりとかき混ぜるように指が動き、俺の内側の壁を広げるように進む。

 それを感じて、全身が歓喜しているのを自覚しながらも……俺は、「違う」と首を振った。

「鳥……」
「安心してくれ、ここには、霧の国の民は決しては入れない。今も怖いのか? 俺がついている」
「……ァ……ぁ……あ、ああっ!!」

 その時左手で、白い液を塗り込めるように陰茎を握られ、俺は声を上げた。
 三度目の解放に、俺の理性は焼き切れた。体が辛い。狂おしい。だめだ、これはダメだ。

「うあああああ、早く、早く!」
「くっ」

 なぜなのか楽しそうに喉で笑ってから、皇帝陛下が俺を下から突き上げた。

「ああああああああ」

 求めていた圧倒的な質量に、俺は震えた。背がしなる。そのまましたから揺さぶられた。
 中に熱い飛沫が飛び散る感覚がしたが、俺は止まらない。無我夢中で動く。

「もっと欲しいのか?」
「欲しい、あ、あ、もっとぉ」
「すっかり堕ちたな……清純で天真爛漫な正妃様はどこに行ったんだ?」
「あ、あっ、あ」
「今の貴方ならば、俺が孕ませたとしても、誰も文句は言えないだろう。誰が俺と同じ立場であっても、アスナを抱かないとしたらそれは、枯れきっているとしかいえない」
「やっ、あああああ!」

 繋がったまま押し倒され、太ももを持ち上げられた。そして斜めに激しく突き上げられた。ダイレクトに感じる場所を刺激され、俺はまた放った。全身が汗と精液と香油でドロドロだ。少しだけ体の熱が引いてきて、ホッとしながら俺は陛下を受け入れていた。

「アスナ、その体の熱は、卵を孕む準備が整った証拠だ」
「え……?」
「アザレアは、霧の国を落とした時に、不死鳥の王の秘薬を手に入れた」
「……?」
「これで、有翼獅子であっても、不死鳥同様、種をつけられるようになる。魔力の種を」
「それは、どういう……?」
「何も知らない人のこのミモザの民の中で育つというのは平和なことだな」

 ゼル様はそういうと苦笑した。それから、意地の悪い顔をした。

「アザレアに、純粋な人間は一氏族しか存在しない。それが、皇族だ。だが、最後の純粋な人間だった前々皇帝陛下は身罷られ、ついで純粋だった前陛下もまた亡くなった。そして――離れた土地にいた、アスナだけが残った。アスナの血を、継がなければならない。代々男女問わず、真の皇帝が自身で卵を孕んで血をつないできたのがアスナの氏族だ。必ず純粋な人間が生まれる。側妃が孕む子とは意味が違う。この部屋にも、そしていたるところにあるアザレアの紋章が、お前が卵を孕むようにと言祝いで魔力を送っている。だから体が熱を覚えるんだ。それは、お前こそが皇帝であるという証左でもある……俺ではなく、な」
「っ」
「俺は、皇帝の座を渡すつもりはない。多くの犠牲を払って得たものだ。この国を変えるためには、何をもってしても俺は玉座に座り続ける――そして、名実共に皇帝で在れるように、俺は次期皇帝の父になりたい」
「……」
「そういった思惑もある、だけどな……何よりお前が欲しい。全てを征服し、何もかもをも独占したい」
「……ゼル様は、人間じゃないのか?」
「身体の作りは同じだ。ただし、有翼獅子の血が六割だ――つまり、特殊な魔力を宿した血を引いている。この血を持つ者の多くは、人間と交わっても子を成せない。だが、不死鳥の王の秘薬があれば別だ。それを摂取した俺は、今であれば、お前を孕ませることができる」
「!」
「ただし、無理に子供を作ろうと思っているわけではない。元々俺がこの秘薬を飲んだのは、お前の内側の鳥の呪いを消すためだった。お前が……殺してくれと行った時、どうしてもそれができず、ならば熱を消すくらいしてやろうと、俺は薬を飲んだ。不死鳥の王の秘薬は、飲めば不死鳥の王と同じ力を一時的に使えるようになるから、お前の内側で羽ばたいていた熱を解除できたんだ」
「俺の体がおかしいのは、鳥のせいじゃないのか……」
「ああ、違う。卵を孕むためだ。今、お前は何度でも果てられるだろう?」
「っ」
「卵を孕むまでは、熱は収まらず、何度でも絶頂に達する」

 俺は目を見開いた。その時、軽く内部で揺さぶられた。ジワリと熱が復活して、こみ上げて来た。一度そう気づくと、快楽ばかりを意識してしまう。

「う、動いてくれ、あ、ゼル様」
「――そうすれば、俺は出す。これまで俺は、卵ができないようのする香油を使っていたが、今夜は百合の香油だ。卵ができるぞ?」
「え?」
「孕むというなら、願いを叶えてもいい」
「あ、あ、っ、あ、や……」

 俺は恐怖に震えた。快楽と同時に、衝撃が這い上がってくる。つまり中に出されたら、今の俺は、卵――子供ができてしまうのだろうと判断した。

「や、ダメだ、ダメだ、抜いてくれ」
「……」
「ああっ、や、待っ、気持ちいい!!」

 ゆるゆると突き上げられて俺は涙した。だが、決定的な刺激は与えられない。

「あ、あ、あ」
「どうする?」
「う、あ……あ……」

 そのまま動きを止められた。
 そして――一時間以上が過ぎた。時計の音を覚えているのが一度というだけで、どのくらいの時間がたったのかはわからない。俺は、全身を震わせていた。繋がったまま、皇帝陛下は全く動かない。俺の内部は、その凶暴な陰茎の形を覚えきっていた。熱い。もどかしい熱が、全身に巣喰っている。

「ダメだ、もう……うあ、あ……」

 俺は、陥落した。

「動いてくれ、なんでもいいから、早く!!」

 するとまた喉で笑った後、皇帝陛下がやっと動いてくれた。
 ぐちゃりと音がする。だが、非常にゆっくりと動かされ、俺は声をあげて泣いた。
そのまま味わうように抽送され、そしてまた動きを止められた。

「俺の子種が欲しいのか?」
「う、あ」
「良いのか? 卵を孕むんだぞ?」
「あ、あ、あ」

 それは、とても怖かった。卵というのが具体的になんなのか分からないことも恐怖を煽る。しかし、体が限界だった。

「いやああああ、あ、あああああ、もう、イかせてくれ!! 孕むからぁ!!」

 思わずそう叫んだ時、一度激しく動いて、陛下が放った。


 ――その瞬間だった。

「え?」

 周囲に光が溢れた。見れば――俺は鳥の怪物に貫かれていた。いいや、ドラゴンと呼ぶ方がふさわしいだろう。

「え、あ、うそ、何?」
「孕むと言ったな?」

 目を見開いた俺に、鳥の怪物がのしかかっていた。
 俺を貫いているものは、凶暴な輪郭をしていて、いくつもの突起がついている。

「ああああああああああああっっっっっ!!!!!!」

 それでえぐるように仲をえぐられ、俺は恐怖と――快楽で泣き叫んだ。

「いやあああ、あ、あ、ああああ!」

 だが、嫌悪感より、言い知れない悦楽が勝利し、俺は毎夜常だったように、自分から腰を振っていた。鳥の陰茎に夢中だった。全身を鳥の羽で撫でられながら、俺は快楽に悶え、喉を震わせた。生々しいその感覚に――しかし俺は違うと気づいた。これ、は。現実じゃない。



 ハッとして、目を開けた。

「あ……あ!」

 俺は震えながらゼル様にしがみついた。

「どうかしたのか?」
「俺、俺、ゼル様に助けてもらう前に、不死鳥の王に犯されたのか……?」
「――公的にその事実はない。忘れろ」

 ゼル様は否定しなかった。そして、俺の髪を撫でた。
 その瞳は……鳥と同じで赤い色をしている。俺はそれを見て、嫌な動悸に襲われた。

 ――どちらが現実だ?

 俺の意識的な記憶には、犯された記憶はない。だが、今想起した場面は生々しすぎた。
 同時に、おかしなことを考えた。

 ――俺を抱いているのは、皇帝陛下、だよな?

 鮮烈な不死鳥の王のイメージに困惑しながら、自分でもなぜそんなことを思うのか不思議になった。

 ゼル様は、そんな俺をじっと見た後、薄く笑った。

「どちらにしろ、次の皇帝は、お前の孕んだ卵の子だ」
「っ」
「さて、まだまだ夜は長い」

 そういうと、ゼル様は俺を再び押し倒した。呆然としたまま、俺は身を委ねた。