【8】皇帝陛下の帰還(★)



 その日――あのユース様に【糧】を食べられた時から、三年が経った。皇帝陛下の不在が、四年半になろうとしていたこの日、帰還の報せが俺の元に届いた。泣いて喜ばなかったと言えば嘘になる。感情も体も、ゼル様を求めていた。あの腕に抱かれたかった。すぐにでも共に眠り、愛を語り合いたかったし、俺はそれを疑っていなかった。ゼル様の愛が離れることは有り得ないと、俺は信じていた。

 そして――その信頼は報われた。

 俺とゼル様とユース様しか入れないこの部屋に、ゼル様は真っ直ぐにやってきた。
 嬉しさから笑顔を浮かべ、次の瞬間俺は凍りつきそうになった。それでも必死に笑顔を保つ。ギィギィと音がする。魔力で動く車椅子だ。一気に年老いたように見えるゼル様は、無表情でそんな俺を見ていた。

「脊髄を痛めた」
「っ、それ、は、大丈夫なんですか?」
「――今後、生涯、腰から下が動かないらしい」
「命は?」
「死ぬことはない」

 何度もゆっくりと頷きながら、俺は視線を下げた。
 ――そうか。生きていてくれるのか。
 自然とそう思った自分に安堵した。何故ならば、最初に見た瞬間に、恐怖してしまったからだ。そんな自分が浅ましく思えたのだ。

「俺、ずっとおそばで何でもします」
「――いいや。この部屋に居てくれ。世話は部下で事足りる」
「でも、折角お帰りに……一緒に、俺はいたい」
「俺は貴方を出したくない。悪いが、俺を想うなら、永劫この部屋に」
「っ」

 俺は狼狽えた。だが――恐らく疲れているから、そのように言うのだろうと思ったし、出来ることをしたいと確かに思っていたから、それが皇帝陛下の願いならば叶えたいと思った。あるいは同情だったのかもしれない。

 その日から、それまでとは感覚が違うが、変わらない日々が始まった。

 雨が降る日、俺は窓硝子に手で触れ、何気なく外を見ていた。
 皇帝陛下は、城で指揮をしている。今もまだ戦争は終わらないらしい。
 ――不死鳥の王の居場所が分からないらしい。

 近くにいるから、俺にも少しは情報が入るようになった。
 ゼル様は、いつも午後八時丁度に俺の部屋に来る。
 車椅子の音に、俺は慣れていた。そして――もう一つ慣れたことがある。

 窓硝子に映る俺の姿、老けないのである。この国の後宮に来てから描かれた肖像画と比べても、新聞の写真と比較しても――二十一、いいや、不死鳥の王の元へ連れて行かれた十九歳のあの日から、老化していないとようやく気づいた。

 理由は、急激に置いたゼル様の姿を見た事が契機だが――俺は、何よりもユース様の姿を見て、自分の異常に気がついた。今年でユース様は、十三歳になった。二次性徴が始まった彼は、既に俺よりも背が高い。まだまだ伸び盛りだ。決して俺の身長が低いわけではないのだが。そして三十半ばの俺と――まるで兄弟のようだと言われるのである。

 この部屋には、ゼル様とユース様しか入れないが、扉の外から使用人達が俺の姿を見る。そして囁いているのを、俺は聞いたのである。同時に――ゼル様はまるで老人のようだと噂されていた。俺とは、祖父と孫のようだと言われている。

 それでも――それでも俺は、ゼル様が好きだ。

 だから、今日もゼル様を待っていた。皇帝陛下は、やはり八時丁度に訪れた。


「ぁ……ッ……ンンン」

 ゼル様は、下半身が動かないから、いつも俺が上に乗る。咥えこんで、俺は肩に手を乗せて、無我夢中で動く。自分で動かなければ、満たされない。時折それがもどかしい。だが、繋がっていられるだけで、体温と熱を感じるだけで、俺は幸せだった。

「ああっ」

 そして自由になる手と口で、ゼル様は熱心に俺の乳首を開発した。それもひどくもどかしいのだが、今では俺は、乳頭を甘く舐められただけで、果てられるようになった。いつも焦れるその行為は、俺の体を熱くさせるが、中々達することはできないから、深夜まで続く事になる。そして最後はいつも決まっていた。

「!」

 ゼル様は、必ず俺の首を絞めるのである。息苦しくて、涙をこぼし、俺はその状態で果てる。それは、ゼル様の手で唯一確実に俺の体が、ゼル様を締め付けるようにさせられる行為だからなのだという。首を絞められ、俺がきつく締め上げた時に、ゼル様も放つのだ。本当は、その行為が歪んでいると、どこかで理解していた。けれど、一度も部屋から出してもらえない俺には、ゼル様しかいないのである。この頃の俺は、ゼル様に依存していた。そうでもしなければ、もう絶対的な孤独には耐えられそうにもなかった。


 こうしてさらに二年が過ぎたある日――日中にユース様が訪れた。
 午後の三時だ。時折、彼は顔を出すのである。茶菓子を持って。
 幼い頃の事などもう忘れているのだろう。
 そう思えば苦笑しつつも、忘れるべきことだと俺は思っていた。

 だが――……ある日、唐突に言われた。

「アスナ様は、ずっとここにいるよな」
「ん? ああ」
「父上が羨ましい。初めてこの部屋に入った時から、アスナ様を部屋に閉じ込めておける力を持っているのを知って」
「そうか。なら、立派な皇帝陛下にならないとな」
「――ああ。ただ、あの日以来俺は、【糧】を得ていないから、魔力が足りない」
「っ」

 冷や汗が、静かにこめかみの脇を伝った気がした。
 ドクンと鼓動が一度強く啼いたように思う。

「所でアスナ様は、正妃だから、皇帝以外とは体を重ねられないと思うが、一体どうしているんだ? 父上は役に立たないだろう?」
「……そういう事は。ユース様、口を慎んでくれ」
「事実だ。調べさせた、不貞を働いている様子もない。本当にアスナ様はここから出ていないんだ」

 外見が大きくなっても、まだまだ子供なのだなと思いながら、俺は苦笑した。
 ドクンドクンとやはり心臓が煩い。
 俺はこの時既に、なにか予感めいたものを感じていたのだと思う。

 ――逃げなければ。

 何故なのかそう思い、俺はテーブルの前から立ち上がった。
 そして扉を開けようとした。外の者に気づかせようと思ったし、扉を開けて帰らせようと思ったのだ。すると素直にユース様が立ち上がったから、どこかで安堵して、扉を見た。その時だった。

「ぁあっ」

 唐突に扉に押し付けられて首の後ろを舐められた瞬間、俺は大きな声を上げてしまった。扉は、開けなければ、外の誰にも声は聞こえない。そういう造りだ。最初にそれに安堵していた。誰にも露見しないからだ。

 俺は振り返った。自分でも、欲情している自覚があった。
 体が一気に熱くなった。俺は――もう何年も満足できないでいたのだ。
 そのまま荒々しくキスをされ、俺は目を伏せて震えた。
 だが、ダメだ。こんなことは許されない。再び扉に向き直り開けようとした時――服の上から乳首をつままれて、俺の全身から力が抜けた。開発されきっていたその箇所が、夜を思い出して疼いた。そんな俺を再び扉に押し付け、ユース様は、俺の下衣をおろした。

「うあああああああああああああああ」

 そして一気に貫かれて、俺は声を上げた。荒々しいが痛みはない。毎夜鳴らされきっていた体は、すんなりと受け入れた。立ったままで激しく突き上げられる。その内に立っていられなくなり、俺は絨毯の上に倒れ込んだ。すると抱きしめられ、体重をかけられ、今度は激しく後ろから突かれた。猫のような姿勢で腰を掴まれ、打ち付けられる度に俺は泣いた。絶望した。気持ち良かったからだ。

「ぁ、あああっあ、あ、もっと、やぁ」
「相当溜まっていたんだな。知ってるぞ、父上とでは満足できなかったんだろう」
「あ、あ、あ」

 口の中に指を入れられ、舌を嬲られる。その感触さえも気持ち良い。
 うなじに噛み付かれ、俺はかぶりを振った。

「ダメだ、痕は――」
「ああ、付けない。この部屋には入れなくなってしまうからな」
「う、あ、ああああ」

 決して巧みとは言えないだろうが、勢いのある動きに、俺は翻弄されて、すぐに理性を飛ばした。中を強く暴かれる度に、声を上げて泣いた。自分手動ではない体の交換が、異常に快楽を煽った。

「ぁぁぁあああっ、あ」

 気持ち良すぎて暴れ、腰をひこうとした俺の両手の手首を、キツくユース様が握る。
 身動きができなくなった状態で、また激しく貫かれた。
 息ができない。

「ァ……――あああああああああああああああああ」

 そして俺は、数年ぶりに、中だけで果てた。そのまま意識が途絶した。