【3】僕はもう、製作を止める事に決めよう。
僕は読書家が嫌いだ。
誰もが知っているような雑学をしたり顔で、自分だけが知る特権のように語るからだ。そして人を見下すように、些細な事柄をあげつらう。何故自分が読んだように、他者も読んでいるであろう事を推測できないのか。想像力に欠如しているから、読んだ受け売りのままに語るのであろうが。少なくともその者が知る事柄は雑学ではない。一般常識だ。
上辺の言葉を見るのみで、深い意味を考えられない蒙昧な塵芥が多すぎる。本当の読書家など一握りだ。だから僕は、特に読書家を自称する人間が大嫌いだ。物事を短絡的に考える、自分の思考を持たない、空想力が欠落した人間が多いからだ。読書が想像力を養うなど、大嘘だ。
無言で聞いていた僕の前で、ひとしきり語ると、にやけながら彼は帰っていった。
僕は店のシャッターを下ろしながら、夕焼け空を見上げた。
今日はよく晴れていて、天気が良い――だから、みんな死ね。
そう思った。
夜――朝配達されてきた手紙類を持って、僕は二階に上がる。
そして一つ一つ開封していく。
三分の二は、罵詈雑言や誹謗中傷が記載された『ファンレター』だ。
オリジナリティが無い、パクリばっかり、似たような品ばかり、全部魅力ゼロ、効果もない、こんな魔術武器が評価される理由が分からない。ここは良いけど、と冒頭や最後に一文あって、九割が批難である場合も多い。優しい言葉をかけてくれるほんのひと握りの手紙があるから、開封する。しかし、ポストの封鎖――というより、転職を考えたくなる。現在は市販品販売の関係で、ポストを開けておかなければならないからだ。
嫌だと思っているものにわざわざ近寄って、被害を受けたと声たかだかに叫ぶ意味がわからない。そのくせに、自分は人を不快にさせる行為を平然としているのに、自覚がない。
こんな世界、大嫌いだ。みんな死ねと思うが、みんなが死ぬより、僕が死ぬ方が簡単だ。そもそもみんなが何を指すのかも不明であるし、仮にそれが人類を指すならば、一人生き残ったとしても、僕に出来る事は特に無い。
僕は、寝逃げすることに決めた。
朝――その日僕は、店のシャッターを開けない事に決めた。
やはり、どう考えてみても、もう耐えられそうになかった。
収入が無ければ生きていけないとは言うが、魔術武器製作をしないで過ごすのならば、それは僕にとっては死に等しい。呼吸をして座っているだけの存在になる事を、僕は人間と見做すべきなのか知らない。死んでいるのと、あまり変化が無いからだ。
何度か店のシャッターや扉を叩く音が聞こえたが、僕は素知らぬ顔で、工房の椅子に座っていた。ようやく立ち上がる事に決めたのは、午後だ。
「ラスト――?」
外から響いた声の主が、同業者のアスタのものだと分かったからだ。
最後に誰かに挨拶するならば、他人の中で数少ない――僕にとって優しい相手に言うべきだろう。そう考えて、扉を開けた。
そして僕は、もう止めるのだと伝えた。すると驚いた顔をしたアスタに、理由を聞かれた。率直に、昨日一日の出来事を交えながら伝える。
「そんなのさ、ただの嫉妬だって。自分がランキングに入れなかったり、売れなかったり、自分の陳腐な創造物を独創的だと勘違いしちゃってるから評価されないと間違った誤解をしていて、人々に求められているラストの武器のようなものを、ありきたりだから売れると罵ったり。魔術の記法に関してだって、正当にそれを用いていても威力がなくてつまらない魔道書ばかりだし、そこを指摘する意外に何も言えないだけでしょ。誹謗中傷も能のない悪口ばかりで、今時子供でも使わないような低レベルな言葉だしさ。購入者に至っては、何様だという話だよ。自分で生み出すでもなく、つまり市場調査でもなんでもなく、欲しくもない嫌いなものをわざわざ買って、批判して? 買わなきゃ良いだろうにね。マゾなの?」
すると怒涛の勢いで言葉が返って来た。
「――買ってもらわないと生計が成り立たない。買って使って欲しくて作ってる。けど、無理に買って使ってもらいたいわけじゃない。違う?」
アスタはそう言うと、珈琲を飲んだ。僕も同じようにカップを傾ける。
それから続けた。
「だけどもう僕は他人が嫌いになってしまったし、世界に疲れたんだよ」
「違う違う。同業者や魔導具書評家、顧客に疲れているんであって、それは世界じゃない。それに他人なんて星の数ほどいる。そのごく一部が嫌いなだけだって。ごく一部がラストの信念とそぐわない――というより俺から見ていても、うざったかったり嫌な奴というだけだよ。そもそもそんな相手のせいで、製作を止める必要はない」
「……」
「星の数ほど人はいるんだから、きっと好きになれる相手もいるよ!」
果たして、そういうものなのだろうか。
「そうかな。自分では良い人だと確信していて、良かれと思っていたり、善意だと思いながら、迷惑な行為をする人間が多い。直接的な悪意と、それらは僕にとって変わらない。向いてないんだよ人付き合いに。嫌いなんだよ、とにかく他人が」
アスタは、世界はもっと明るいから大丈夫だと口にして、僕の肩を叩いた。
「たまにはさ、ぱーっと気晴らしに、飲みにでも行こう! ね?」
そんな事は考え付きもしなかった僕は、この日外に連れ出された。