【六】顔






 リビングへとアルトを促して、俺は冷蔵庫から冷えた缶麦酒を二つ持ってきた。つまみには、この前買ってきた鳥のペーストの瓶詰めと、最初から切れている状態で買ったバケットを用意する。ああ、そういやぁバジルオイルもあったなぁ、と、適当に冷蔵庫を漁った。

「ほらよ」

 テーブルにそれらを並べて、缶は手渡した。するとおずおずと受け取りながら、アルトが僅かに視線を動かした。その瞳が黒く丸い灰皿を捉えたのを、俺は見逃さなかった。

「お前、煙草吸うのか?」
「はい……」
「ハキハキ答えろ」
「は、はい」
「ふぅん。吸って良いぞ」

 俺は灰皿をアルトの方へと押した。そして己の分の缶のプルタブを捻ってから、自分の煙草も取り出す。一本銜えて火を点けた。すると少し戸惑うようにしてから、アルトが顔布に手をかけた。そういえば、こいつ、どんな顔をしてるんだろうな? 履歴書の写真は顔布つきだったから、まだ正確な顔面を知らな――……い、と思っていた俺は、直後焦った。現れたアルトの造形が、あんまりにも端正だったからだ。

 カイを可愛い系美少年(年齢は兎も角)と表現するならば、こちらは男前としか言い難い。若干俺よりかは細身だが、そこがまた……そそる。イケメン、爆発しろとは思わない。顔面を見た瞬間から俺は、いかにしてアルトを喰うかだけを考え始めた。

「失礼します」

 端正な唇に煙草を挟んで、アルトが火を点けた。俺と同じ銘柄なのも良い感じだ。それだけで親近感がわく。無表情に近いその顔も、泣かせてみたくなる。

「勤務中は煙草、どうしてたんだ?」
「その……昼休憩時に一階へ――」
「おい。さっき飯抜いたとか言ってなかったか?」
「っ」
「煙草優先ねぇ」

 俺は意地悪く笑ってやった。すると明らかにアルトの表情が強ばった。俺が怖いのだろう。純粋で良い感じだ。そこもたまらない。

「まぁ、飲めよ」
「頂きます」

 アルトが漸く缶を手に持った。指先まで端正だなと思いながら、俺は思案する。手を繋いで押し倒すような甘さも良いが、どっちかというと強引に手首を握って苛め抜きたい。決して酷く強姦をしたいという意味では無い。俺にはそういう趣味は無い。ただ快楽で堕としたい。

「お前、酒強い?」
「一人の時はめったに飲まないので……分かりません」
「恋人と飲んだりは?」

 絶対この顔は、女も男も放っておかないだろう。だから面倒ごとが嫌いな俺はカマをかけた。するとアルトが心なしかしゅんとした。こんな顔もするんだな。

「おりません」
「ふぅん? 好きな相手は?」
「いません」

 それを聞いて、面倒ごとは回避できそうだと、第一にメモした。とりあえず今重要なのは、それだけだ。

「元カノとかは?」
「……、……」
「なんだよ?」
「その……」
「その?」
「――いつも、振られるんです。『本当に私の事を愛しているの?』と聞かれて」

 ああ、なんか分かる。それが率直な感想だった。だが続いて、意外と上司との酒の飲み方も考えているんだろうなと内心で、若干褒めてやりたくなった。気さくな会話の演出だろう。頭が良い奴は違うねぇ。

「で? お前は愛してたのか?」
「していたと、自分では思っています」
「ふぅん。伝え方が下手なのか? 例えばどんな時に言われるんだ?」
「――俺、別にカノジョが男と出かけても、その……信じているから、浮気をしているとも思わないし、気にしなくて……そうすると『どうして束縛してくれないの?』と言われて……」
「そんな面倒な女、別れて正解だな」

 俺が告げると、アルトが複雑そうな顔をした。未練があるようには見えないのでよしとしよう。

「好みのタイプは?」
「好きになった人がタイプです」

 模範解答が返ってきた。俺は頬杖を突きながら、自分の缶を煽る。
 それにしても――整った顔をしている。