4:何もしなくて良い……?(★)
「これが控えだ」
俺の家に入ると、テーブルの前に座り、ラスカが一枚の紙を差し出した。
正面に座り、俺は卓上の控えに視線を落とす。
そこには、『準配偶者』と書いてあり、その隣に『魔力供給者』と『同性婚』のそれぞれの丸を付ける欄がある。『同性婚』に、丸が付いていた……。
目を疑った俺は、紙を二度じっくりと見た後、顔を上げてラスカに視線を向けた。
「新居はしばらくは、私の家にしないか? 今日、引越しをしよう。私は、それを手伝おうと思ったのもあってここに来たんだ」
「えっ……あ、の……」
「こんな治安が悪い所じゃ、バルトに何かあったらと思って、気が気じゃなくてな」
確かにこの界隈は治安が悪いわけだが……俺は言葉に詰まった。
「――何もしなくていいんじゃ?」
「ああ。全ての作業は私が行うし、今後は、家にいて悠々自適に暮らしてくれ! バルトを養うくらいの甲斐性はあるつもりだ」
俺は呆気にとられた。何もしなくて良いの意味を取り違えていたらしい。
「ただ……そうだな、贅沢を言っていいのならば、私は毎日バルトを抱きしめて眠りたい」
それを耳にした時、俺は思わず赤面してしまった。
すると立ち上がり、ラスカが俺の横に立った。そっと頬に手を伸ばされ、俺は狼狽える。頬が熱い。昨日の情事を嫌でも思い出してしまう。ラスカの、俺とは異なる体温のせいだ。
「キスをしても良いか?」
「……っ」
答える前に、ラスカに唇を塞がれた。最初は触れるだけのものだったが、答えようと口を少し開けていたため、そこから舌が入ってくる。手で上を向かせられた俺は、現実認識が上手くできないまま、巧みなキスに混乱させられた。
まだ――魔力供給が理由ならば分かるのだ。
しかし紙には、『結婚』の方に丸印があった。何故だ……?
唇と唇が離れた時、俺は思わず聞いていた。
「ラスカ……まさかとは思うが……俺の事が好きなのか?」
「――ん?」
首を傾げられて、聞いた自分が恥ずかしくなった。思わず俯くと、今度は両手で顔を挟まれて、上を向かせられた。
「まっ、まさか、とは、思うが――私がバルトを好きだと気づいていなかったのか?」
「へ?」
「あ、あんなに必死で、毎日私は声をかけていたのに」
思い返してみる。確かに毎日ラスカは声をかけてくれたが、それは……。
「俺がクランの新人だからじゃなかったのか?」
「え!? そ、そんなんじゃない! 私はずっとバルトが好きだった。だ、だから――……分かった。私の思いを体で思い知らせてやる!」
ラスカはそう言うと、正面から俺を抱きしめた。そうして再び口づけられた後――俺は手首を取られた。転ぶように立ち上がると、腕を引かれて、寝台へと連れて行かれた。軽く突き飛ばすようにされて、俺はその上にのぼる。
「っ、あ!」
すると下衣を下ろされて、ためらいなく陰茎を咥えられた。
ラスカの口の中の温度と、筋を舐め上げる舌の感触に、俺は思わず押し返そうとした。が、高齢童貞まっしぐらだった俺には――気持ち良すぎた。
「あ、ああっ……」
「もっと声が聞きたい」
「う……」
羞恥にかられて口を押さえたが、もう遅かった。俺の吐息は上がってしまっていて、呼吸する度に声が漏れてしまう。雁首を重点的に唇で扱かれた時、腰に力が入らなくなった。それは――魔力を抜かれると、より激しくなった。
「ああっ、ン……!!」
続いて指が入ってきた。香油を纏ったラスカの指が二本、奥深くまで進んでくる。それでかき混ぜるようにされた時、俺は涙ぐんだ。
「お、おい……待ってくれ」
「どうかしたのか?」
「ヤ、ヤるのか?」
「――この期に及んで!? この状況かつ、私達は結婚し……え。嫌か?」
「い、嫌というか……」
「嫌じゃないなら、構わないな」
「え!?」
直後、ラスカの陰茎に、俺は貫かれた。思わずきつく目を閉じ、ラスカにしがみつく。この甘い衝撃には、慣れそうにもない。繋がっている部分が、どうしようもなく熱い。
「あ……ああっ、ッ……ン」
「ずっとこうしていたい」
「いや……早く動いてくれ」
「……ああ。それもそうだな。私の愛を伝えなければ!」
ラスカはそう宣言すると、緩慢に腰を動かし始めた。俺としては、反射的に早く終われという思いを口にしていたのだが……すぐにそんな余裕は無くなった。
「あ、ン、ァ……あ……っひ」
ゆっくりとゆっくりと――魔力が抜け始める。ラスカが引き抜こうとする度に、俺の体からは魔力が抜け、同時に尋常ではない快楽が襲ってくる。そして突き入れられると、その快楽が肉体的により高まり、そうしてまた腰を引かれると、熱がどんどん強くなる。
「あ――!! や、やめ、動かないでくれ」
「わがままだな。普段のバルトからは想像もつかない。そんな所も――愛おしい」
「っ、何を言って――」
「ずっとバルトを見ていたんだ。思いが叶った」
「あああ、あ、ああっ」
「そのバルトの希望だからな。なんだって私は、叶えてやりたい」
「うああああっ」
今度は激しく腰を揺すぶられて、俺は大きく啼いた。呼吸が苦しくなる。
そんな俺の乳首を軽く噛んでから、唇ではさみ、ちろちろとラスカが舌先で嬲る。
もう一方の手では抱き寄せるようにされ、その後、深いキスをされた。
それから腰を掴まれ、動きを増したラスカに、めちゃめちゃに抽挿される。
「あ、ああ、あ、あ、あ」
「イきそうか?」
「う、あ」
「私も出そうだ」
「――っ、待ってくれ、これ以上魔力が混ざったら、ぁ……ああ!」
「バルトは私以外と出来なくなるな」
「それは別に、逆に、ぁ、お前も誰ともできなくなる――ン、あ!!」
「!? 私がバルト以外と今後する未来はない! 私側には問題ゼロだ」
「ああああああああ、あ、うああああああああ」
その時、激しく打ち付けられて、俺は放った。中に飛び散った飛沫を感じる。
全身から魔力が抜けたが、熱も引いた。肩で息をしていると、目尻から生理的な涙がこぼれた。
――事後、俺はシーツにくるまりながら考えた。
ラスカは、未来ある若者である。今後、更なる恋をしたら、俺とのことは一時の気の迷いだったとして、魔力供給が他とはできない事で悩む日が来るかも知れない。それだけではない。強敵と戦う時は、強力な魔力を持つ灰色魔術師と交わった方が良い。俺にはその力量はない……。
チラリとラスカを見る。立ち上がって服を直しているラスカは、引越準備をする気らしい。その立ち居振る舞いも横顔も、非常に格好良い。俺とは違いすぎる。これは、俺がネガティブなのではなくて、客観的な事実だ。
……というか、俺達、本当に結婚してしまったのだろうか?
頭の中で、信じられないその現実が、ぐるぐると彷徨った。
「なぁラスカ」
「なんだ?」
「……本当に俺で良いのか?」
「バルトが良いんだ。バルト以外は、考えられない」
「どうして?」
「まず最初は、淡々と依頼をこなす、そのひたむきさに心を打たれた。気づいた時には、もうバルトの事しか考えられなくなっていた」
「……」
「その内に、私は嫉妬深いから、私以外とバルトが話していると苛立ちが止まらなくなった。私のものだと公的に早く証明しておかないと、頭がおかしくなりそうだった。だから――強引な手段を使った自信はあるが……後悔はしていない!」
断言したラスカを見て……そんなに俺の事を思っていてくれたのかと、ちょっと冷や汗をかいた。この言葉が事実だとした場合、俺は全く気付かなかったとしか言えない。
その日――俺は、引越しをする事になった。