【2】自白剤という名の媚薬(★)
始まってしまった……動揺したまま、俺は部屋を出た。
今日から早速見回りをするらしい。歩き回っていればいいそうだ。規定の巡回路等は無いと聞いた。かつ俺の本当の目的は、間諜の調査だ。
どうやって調査するのかが、まず分からない。
なので、とりあえず初日だし、俺は何かとキラキラしている王宮を見て回る事にした。
見学である。二度とこういう機会はないだろうから、普段は入ることが不可能な各地を見てみることにしたのだ。
どこから見ようかと悩み、まずは宰相府に行ってみることにした。
一応であるが、隣国の間諜が狙いそうなものは、政治書類なのではないかと、必死に考えた結果でもある。こうして、王宮本館に隣接している宰相府に向かい、玄関警備の近衛騎士に挨拶してから、俺は中に入った。同僚達も、俺が間諜探しをしている事は聞いていないらしい。単独任務だと聞いた。
まず俺は、宰相府図書館に行ってみることにした。普通は入ることができないので、間諜も狙うかもしれないし、今後に備えて、どんな本があるのか確認してみようと思ったのだ。
「王都の歴史……王宮建築の夜明け……王冠の秘蹟……」
本の背表紙に記されたタイトルを呟きながら、俺は難しそうだから手に取るか迷った。全て分厚い。一冊くらいは、中を見ておきたい。考えた末、俺は、『王宮図書館伝承』という本に触れた――瞬間、本棚がくるりと反転した。え?
何が起こったかわからないまま、俺は突然床が斜めになり、目の前の書架が消えたため、正面に現れた暗い部屋に放り込まれた。よろめいたので、慌てて床に手を付く。その時には、鈍い音を立てて、後ろで本棚が元に戻ったようだった。
「……」
おそらく本を鍵にした隠し扉だったのだ。そう判断してから、改めて正面を見た。
「っ」
そして俺は硬直した。目の前には、豪奢だが古いテーブルの前に座っている人物がいたのだ。それは――ヴォルフラム宰相補佐官だった。冷たい目をしている。背筋が凍った。慌てて俺は立ち上がった。
「え、あ、そ、その……王宮巡回中に、偶発的に、え、ええと……」
「――正直に言えば良い。隣国の間諜の調査をしていると」
「!」
「さらに言うならば、俺に無実の罪を着せ、俺を間諜だという事にして、宰相候補の座から蹴落とすためにここにいると」
「え……?」
「まさかお前が来るとは、な。俺も敵対者を侮っていた。ライナ=ライラック――一体何と唆された? 残念だ、が、到底許せない」
響いた凍てつく声に、震えながらも、俺は場違いなことを考えていた。この口ぶりだと、まるで宰相補佐官は、俺を知っていたように聞こえる。王立学園の同級生だから不思議はないのだが。ただ、それよりも『罪を着せようとしている』との言葉に、俺は驚いた。俺の職務内容を知っているのも驚きであるが……そう考えていたら、ヴォルフラム閣下が立ち上がった。
「え」
そして次の瞬間には、俺の目の前に立っていた。早すぎて見えなかった。
足払いをされて、体勢を崩した俺は、床の上に倒れた。その俺を押さえ込み、ヴォルフラム閣下が嘲笑するように言った。
「人の恋心を利用するような卑しい人間だとは思わなかった」
「っ」
ヴォルフラム閣下が、俺の耳を噛んだ。噛みちぎられるのかと思い、俺は震えた。怖すぎて、なにか言われたが、何を言われているのかよく分からない。
「そちらがその気なら、こちらも容赦はしない」
そう言うと、閣下が俺の首のリボンを解いた。上着の留め具を乱暴に外され、シャツは引き裂かれた。押さえ込まれている手が少し緩んだので、反射的に体を起こして身を引く。すると壁に俺の背中は阻まれた。その俺の太ももの間に座り、閣下が詰め寄ってくる。
「王立学園の花を散らせる日が来るとはな」
「!」
閣下が俺の顎を痛いほど強く掴み、強引にキスしてきた。唇を貪られ恐慌状態になった俺は、何かを舌で押し込まれた時、思わず飲み込んでしまった。その事以上に、舌を絡め取られ、濃厚な口づけをされている現実が衝撃的で、考える余裕が無かった。
その間にも、閣下の手が俺の肌を撫でた。骨ばった指が俺の脇腹をなぞっている。
「んっ」
舌を甘く噛まれて、俺は思わず声を上げそうになった。だが唇を唇で塞がれたままだ。息苦しくなり、くらくらしてきた。え? なんで俺はキスしているのだろうか? 同性だぞ? 異性なら良いという問題でもないが。と、大混乱していた――その直後だった。
「っ、ン、んっ、フ……――!!」
俺は目を見開いた。急にキスの感覚が変わったのだ。いや、今までと同じだというのは分かるのだが、唐突に死ぬほど気持ちよくなったのである。舌を動かされるたびに、まるで直接陰茎を撫でられているかのような快楽が全身に這い上がってきた。俺は必死にヴォルフラム閣下を押し返した。すると閣下は素直に体を離してくれた。
全身が震え始めた俺は、体を駆け巡る熱に涙ぐんだ。何が起きたのか分からない。
「あ、あ、あ……」
「自白剤だ。どこの誰に俺を蹴落すようにと依頼されたのか答えろ。そうでなければ、気が狂うまで副作用に苦しむと思え。副作用の催淫効果は、一人では収める事ができないと最初に付け加えておく」
「うあああっ」
閣下が、俺の乳輪を指でなぞった。瞬間俺は果てそうになった。だが、ギリギリのところでそれは叶わなかった。いつの間にか下衣も乱されていて、そこからあらわになっている俺の陰茎は、張り詰めていた。情けなく先端から透明な液をこぼしながら、反り返っている。直接はまだ一度も触られていない。
「ひ!」
ヴォルフラム閣下が、俺の筋をなぞるように指を動かしてから、先走りの液を掬った。目をギュッと伏せて、俺は思わず頭を振った。涙がこみ上げてくる。おかしくなってしまった体が怖かった。熱い。思わず自分の手を伸ばそうとして、やっと気がついた。体に力が入らない。指を動かすのが精一杯だった。体を壁にあずけたまま、俺は震えるしかない。その間に、どんどん服を脱がせられた。それから、閣下が小瓶を取り出して、タラタラと透明な液体を指にまぶした。
「!!」
閣下の指が二本、俺の中へと入ってきた。何が起こっているのか分からなかった。だが、そうされた瞬間に、俺は果てた。
「あああああ、あ、あ、あ」
太ももが震える。容赦なく中を暴いた指が、迷いなく俺の中の一点を強く嬲った。
「うああああ」
頭が真っ白になるその場所を刺激され、再び俺は果てた。一日に三回も出したことなどない。俺は泣き叫んだ。だが、体の熱が引かない。そこに来て、これが快楽だと気づいた。
「いやあああっ、ン―――!! ん、んっ、んア――――!!」
ヴォルフラム閣下が俺の中に押し入ってきた。
俺は、犯されていた。そう気づいて抵抗しようとしたが、体には相変わらず力が入らない。どころか、気持ち良すぎて、何も考えられなくなっていく。グチャリと香油の音がして、ゆっくりと深くまで挿入された。痛みはない。ただただ気持ち良かった。背中に手を回されて、抱き起こされる。俺は正面から閣下に抱きしめられる形で、下から突き上げられた。
「あ、あっ、ン、うあっ……あ、あ、ン」
「すごい色気だな」
「うああっ」
閣下の吐息が俺の耳を擽った。その感触だけでも辛い。俺の体に両腕を回し、ヴォルフラム閣下は動きを止めた。一時的に快楽が弱まり、俺は必死で息をした。だが――直後俺は身悶えた。ゾクゾクと快楽が這い上がってくる。
「あ」
しかし閣下は動かない。全身が汗ばんでいく。頭の中に、激しく突かれたいという欲望がはっきりと浮かんだ。先ほど指で刺激された感じる場所を、思いっきり突き上げられたかった。
「あ、ああっ、あ」
声が震える。抑えられない。繋がっている箇所が生み出す甘く焦れったい刺激に全身を苛まれ、俺はボロボロと涙をこぼした。
「や、いやだっ、動いてくれ」
思わずそう口走っていた。すると喉で意地悪く笑い、ヴォルフラム閣下はさらにきつく俺を抱きしめた。そして舌で俺の目元を舐め、涙を拭いた。
「そうして欲しいなら、さっさと自白しろ」
「知らない、知らない! 違う、俺は、無実の罪を着せになんて、っ、ァ、ぁ……ああああああ」
否定しようとしたら、一度腰を揺すられた。瞬間全身を強い快楽が駆け巡り、俺は嬌声を上げた。そうされるともうダメで、何も考えられなくなった。
「本当に知らないのか?」
「っ、ぁ、あ」
「――……まさか、本当に……っ――ライナ」
「あああ、あ、あ、ああっ、やだ、だめだ、あ、あ、あ、あ、何か、うああっ」
俺はギュッと目を閉じた。内側から、何かがせり上がってくる気がしていた。その時、舌打ちして閣下が動いた。
「!!」
内部の一点を突き上げられた瞬間、俺は全身を水のような熱が満たしたのを感じた。果てたと思ったが、前からは何も出ていなかった。後ろだけで、俺は絶頂に達していた。長い射精感に似た快楽が全身を襲う。止まらない。ずっとイきっぱなしに近かった。
「ああっ……ああああああああ」
その時、前を撫でられて、俺は大きな声を上げて放った。ぐったりと閣下の胸に倒れこむ。しかし、まだ体の熱は引かない。
「悪い、てっきりお前は俺をはめるためにここへ来たのだと――……まさか……――悪いな、ライナ。これは、強姦だ」
ぼんやりする頭で、俺は『その通りだ!』と、言ってやろうと考えたのだが、同時に全身が熱くて、唇を開いても嬌声しか出てこないと気づいた。しかし、すぐに止めてもらえると判断した。良かった……。
だが。
「――強姦となれば、俺は処分される。なのだから――……一回くらい、最後の一回くらい、やりたかったことをやりきっても良いか。どうせ捕まるんだからな」
「……?」
「王立学園で一目見た時から、ずっと好きだった。お前のような美人は見たことがない。性別を超越している。一度でいいから、乱したいと思っていた。王立学園の花と呼ばれたお前を」
ヴォルフラム閣下はそう言うと、俺を床に下ろした。
見上げながら、俺は困った。
確かに俺は在学中、『王立学園の花』と呼ばれていた。閣下はまるでそれが、高嶺の花であったみたいな言い方をしているが、『頭がお花畑だ』との事で、俺はそういうあだ名がついたのだ。美人なんてお祖父様にしか言われたことがない。そして言われなくて良いのだ。美人というのは女の人に対して向ける言葉である。俺は男だ。
立ち上がった閣下は、机の上を軽く叩いた。すると、魔導具で収容していたらしき黒いトランクがその場に出現した。魔導具というのは、魔術が込められた品で、魔術師以外も簡単な魔術が使えるようになる品である。シャンデリアの中の灯り等は、魔導具による光だ。
そのような事を考える程度の余裕は生まれていた。だが、体は熱い。
見守っていると、ヴォルフラム閣下がトランクを開けた。そして、首輪、手錠、足枷を取り出した。え……? 俺は嫌な予感がした。体に力が入らず動けない俺は、そのままそれを装着された。動けないにも関わらず、手錠をはめられて、頭上に固定され、さらにそこから伸びる鎖を天井にあった金具に固定された。そこから伸びる別の鎖が、首輪に繋がっている。両足は膝をおられて開脚させられ、その状態でそれぞれに足枷をハメられて拘束させられた。全裸の俺は、性器を見せる形で拘束されたのである。場所は、テーブルの横の豪奢な椅子の上である。一瞬でそうされた。意識が朦朧としていたのと、閣下の手際が良すぎたことで、手品のように、本当に一瞬に思えた。
「夜、また来る。その頃には、自白剤の熱が溜まっているだろう」
ヴォルフラム閣下は、そう言うと、服を整えて立ち去った。
――いやいやいや。俺は唖然とした。誤解だと気づいたらやめるべきである。
放置された俺は、快楽だけでなく現実の不条理から涙をこぼした。