11:兎獣人の同居人
だけど獣人って何を食べるんだろう?
マスター室のベッドで眠った僕は、日の光(モニターから漏れてきた)で起きて、シャワーを浴びながらそんなことを考えていた。僕には必要ないらしいけど、トイレも用意しなければならない。マスター室は自由にいじれるとの話だから問題はないけど。
兎、兎……。
野菜を食べているイメージしかない。
「野菜炒めと、サラダと豚汁とか?」
僕が冷蔵庫の前で呟くとそれらが出てきた。白米も用意する。自分用にも同じモノを手に取り、マスター室へと戻った。
すると目を覚ましたらしい獣人が立っていた。服はちゃんと着てくれていた。
中央に丸テーブルと二つの椅子を思考でスキルを使い出現させる。
そこにご飯を並べていった。
「朝ご飯良かったら食べて。一応野菜を用意してみたいんだけど、他に食べたいものがあったら言ってね」
「……」
やはり返ってくるのは無言の沈黙である。
「取りあえず座って」
体は治っているはずだからと思い席へと促すと、獣人は素直に従った。それが奴隷の行動だからなのか、それとも≪主人の指輪≫の効力なのかは分からない。兎の耳はたれていた。
「……毒でも入っているのか?」
その時初めて、獣人が口を開いた。
「そんなこと無いけど、座る場所はどちらでも好きな方にして良いから」
立ったまま僕が言うと、思案するように目を細めてから、片方に兎獣人が座った。
「いただきます」
無意識にそういって僕が手を合わせると、獣人が首をかしげる。
「それは――俺もやった方が良いのか? なにかの呪文か? それなら≪主人の指輪≫で――……」
「そういうんじゃないんだ。気づくと僕はそう言ってるんだよね、食事の前に」
「……そうか」
ポツリとそういうと、豚汁に獣人が手を伸ばした。
静かに飲み込む気配がする。
「美味しい……」
「良かった。そうだ、少し聞かせてもらって良いかな? 名前、なんて言うの?」
「奴隷に名前なんて無い。好きに呼んでくれ。敬語を使わせたいなら、指輪でそうさせろ。それでも俺は、誰にも心から屈服する気はない」
眉を潜めた獣人の姿に、僕はサラダを食べながら首をかしげた。
「奴隷になる前も、名前は無かったの?」
「……ウォルフだ」
うつむきがちに兎の獣人――ウォルフが答えた。
「話したくなければいいけど、奴隷になる前は何をしていたの?」
口ぶりからして、生まれながらの奴隷とは思えない。
ただ、肩からのぞく奴隷用(?)の焼き印だけが生々しくて、僕は胸が苦しくなった。
「冒険者だった。パーティの中の二人が、金に困って俺を売った」
「それって人間?」
「いいや。エルフと、もう一人は同じ獣人だった」
やっぱり冒険者って怖い。
しかしこうやって直接話を聞ける方が、色々なことを知ることが出来る気がした。
「……お前は?」
なれない様子で箸を使いながら、ウォルフが言った。
「え、何が?」
「性奴隷として俺を買ったのか? それとも、拷問用か? 獣人はなかなか死なないからな」
「そうだなぁ……」
ここのところ人(?)と話していなかったから、上手い言葉が出てこない。
ステータスを見てみると、ウォルフは、Lv.35の兎獣人、グリムの奴隷と表示されている。
「実はね、僕は、快楽ダンジョンを作っているんだ」
「快楽ダンジョン? ダンジョンを作る?」
「うん、そう。出来たらその手伝いをして欲しいんだ。冒険者のことを教えてもらったり、近隣の村を散策する時には、着いてきてもらったり――ちょっと重要なことを聞くけど、冒険者のパーティのこと、どう思ってる?」
「手伝いは出来る、足も治ったし、右手も大丈夫だから。冒険者は……あまり好きじゃない。獣人を狩る冒険者もいる……いや、人間やエルフ、他の獣人にあまり良い思い出がないだけかもしれないが」
「そっか。じゃあ大丈夫かな。このダンジョン、冒険者を快楽責めにするんだよね。たまにダンジョン内の探索をする時の確認作業でエロい事してもらうかもしれないけど、基本的には、モニター越しに、よがってる冒険者達を僕と一緒に眺めてくれればいいから」
「……」
おそらくよく把握していないらしかったが、曖昧にウォルフは頷いた。
そこで僕は少し気になっていることを聞いてみた。
「その……性奴隷も出来るって聞いたけど」
「――……」
途端にウォルフの顔が険しくなってうつむいた。
「つっこむの? つっこまれるの? 人間と同じ宗教なの? 男女どちらからでも子供が生まれるの? 発情期とかあるの?」
僕の言葉に、あっけにとられたような顔をウォルフがした。
やせ形で、まだ筋力などは戻っていないようだが、≪快癒≫のスキルを使ったからなのか、結構良い体をしているように思える。もっと治ってきたら、たくましい腕とかになりそうだ。
「……知らないのか?」
「うん」
「此処は何処なんだ?」
「トルテ村っていう場所の側にある、常闇の森の中みたい」
「俺がいた都市からはだいぶ時間のかかる場所にあるな……俺はそんなに寝ていたのか?」
「いや、昨日の夜寝て、今朝目を覚ましたんだけど、その――……」
ちょっとウォルフは記憶が曖昧になっているのかもしれない。
なんて答えたものかと僕は思案した。
「ま、魔術師みたいなモノなんだよ、僕は」
嘘ではない。嘘じゃない。だって僕は魔王だけど、魔術師らしいってアルカナもいつか言っていたし。
「そうか……魔術とは奥が深いんだな」
「ま、まぁね」
「質問に答えると、宗教は基本的に同じだけど、種族によって、メインの双子の男神の子供の神々をそれぞれ信仰しているんだ。兎獣人なら、兎の男神が信仰対象だ。同性同士からも子供が生まれるのは人間と変わらない。ただし、発情期がある。ただこれも、年中発情している人間の種族とそんなに大差は無い。発情するのは、相手を見て欲情した時だ」
つらつらと答えてもらい、僕は一つ頭が良くなった気がした。
「教えてくれて有難うね」
僕がそう言って笑うと、照れくさそうな顔をして、ウォルフが顔を背けた。
なんだか可愛い。
「――普通、性奴隷というのは、後ろを犯されるモノだ。指輪を使われれば、俺はそうするしかない」
「別に無理矢理なにかしたい訳じゃないから良いよ。その内、気が向いたらね」
きっと発情期が来たら、兎だし、目が赤くなるかもしれないなぁだなんてぼんやり僕は考えていたのだった。
その時だった。
『お久しぶりです【グリム】さん! ファウストですっ。実はもうすぐ、”ダンジョン経営者連合会”の会合があります。色々勉強になるので、参加して下さいねっ。開催日は明日です』
久しぶりに聞くその声に、もうすぐというか明日っていきなりじゃないかと僕はうろたえた。
――北斗やアルカナも来るのだろうか?
行きたいような、行きたくないような……だけど初心者魔王なのだし、人脈作り(?)というか友達が欲しい。
『明日は僕にも直接会えるので、絶対に来て下さいね。僕もずっと会いたかったんです。楽しみにしていて下さいね。それでは!』
一方的にそれだけ言うと、ブツリと音がして、ファウスト君の音声は途切れた。
「黙り込んでいるけど……俺が気にくわなかったか?」
「え?」
ウォルフの声で我に返ると、彼が複雑そうな、悲しそうな顔をしていた。
黙り込んで……確かに僕はファウスト君の話を聞いていたのだけれど、ウォルフにはファウスト君の声は聞こえなかった様子だ。
「違うんだ。そういう事じゃないよ。その――……トイレとか浴室とかベッドがあるウォルフの部屋とかを、作ろうと思って。ちょっと待っててね、食べてて」
僕はそういって立ち上がり、最初椅子があった位置の裏側――何もない壁に、ウォルフ用の、トイレと、その隣にシャワールーム、さらに隣に一つ部屋を作って、ベッドと簡単な机、照明を置いた。
「! それも魔術か?」
いきなり現れた三つの扉に、ウォルフが驚いていた。
「まぁそんな感じ。他の扉は、多分出てくるのは出来るだろうけど、開けるのは出来ないと思うから、こっちを使って。後、僕は明日出かけるから、なにか読みたい本とかあったら言ってね。多分この部屋には、入ってこられるけどね」
「……字が読めないんだ」
「そうなの?」
「読めるようになりたい……」
苦しそうに零したウォルフの声に、僕は大きく頷いた。
「じゃあ文字を学べる本と、練習用の紙とペンを置いていくね。好きに使って」
「!」
すると驚いたようにウォルフが息をのんだ。
「良いのか?」
「うん。気楽に過ごして」
このようにして、僕には新たな予定が出来て、そして同居人も出来たのだった。